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「ウェアウルフ? そんな魔物聞いた事もねぇぞ」
「コボルトにしては体格が全然違うし、何より人間に化ける魔物が存在するとは…… そんなのが昔からいたら俺達冒険者が知らない筈がない」
「これが話にあった新しい魔物に造り変えるっていうカーミラの力か」
冒険者達は正体を現したウェアウルフを前に、焦りながらも武器を構えて俺達を庇うような陣形を取る。その迷いの無い動きに、流石はエルマンが信頼を寄せ贔屓にしている者達だと感心した。
「てっきり見逃してくれるかと思っていましたが…… 目立つ事は控えると言われているのでは無いのですか? 」
エルマンの声は誰が聞いても分かりやすく緊張していた。それはそうだ、相手が態々自分の正体を曝け出して来るという事は、もう隠す必要がないか、目撃者を全員この場で始末すると決めたかのどちらかだろう。この場合、前者は期待出来ないよな。
「確かに、あまり目立つなとは言われてる。だがな…… お前達が調査に来ているって事は、もう結構噂になっているみたいだからな。今さら隠そうとしても無意味。これ以上余計な邪魔が入らないよう、ここでキッチリ始末しておいた方が良いだろ? 馬車に残ってる奴は、お前らを殺してからゆっくりと片付けるさ」
「へっ、俺達を殺したって、村にいる仲間達がギルドへ報告するぜ。どちらにせよ、ここに冒険者達が大勢来る事になるだろうよ」
冒険者のリーダーが言うように俺達が村に戻らなければ、残っているエルマンの商会員が速やかに町のギルドへ向かう手筈となっている。
「あぁ、こちらは全然それでも問題ない。その冒険者共がここに来る頃には、とっくにお目当てのものを掘り出して帰ってるだろうさ。お前ら人間は行動に移るのが何時も遅すぎるんだよ。それに、ただの行方不明として報告された方が都合もいいしな」
本当にこいつらは元コボルトなのか? そこいらの人間よりも利口じゃないか。
「さてと、人間共はガーゴイルだけで十分だろう。本当にヤバいのはそこの二人だ。俺達三人で行くぞ、油断するなよ? 」
ウォルフと名乗ったウェアウルフが狼特有の雄叫びを上げると、それまで穴を掘っていたガーゴイルが一斉にこっちへ飛んでくる。
「くそっ! こりゃ本格的にまずいぜ。生き残れる自信がねぇぞ、ちくしょう!! 」
「ハハハハ! 無駄だ、お前らはここで確実に殺す! 」
後ろには数えるのも億劫になる程のガーゴイル、前には実力が未知数のウェアウルフが三体。こんな絶望的な状況に、冒険者達とエルマンは半ば自暴自棄になっているのに対して、ウェアウルフ達は余裕な感じでにじり寄ってくる。
はぁ、ちょっと遠くから確認して戻ってくる簡単な調査だと思っていたのに、まさかこんな事になるなんて…… ここは腹を括るしかないようだ。
王妃様直属の諜報員であるエルマンの前で力を見せたのなら、確実にそれは王妃様へと伝わるだろう。その結果、最悪リラグンドに居られなくなったとしても、目の前で知り合いが死ぬのは見たくない。俺はもうこの世界での生き方を決めたんだ。だから……
『あ~あ、こいつらも馬鹿だねぇ~。ライルをその気にさせちゃったよ』
『長よ、やっとオレ達の出番が来たのだな? 』
『へへ、思う存分暴れてやろうじゃねぇか! 相棒!! 』
『ライル様のお覚悟。このオルトン、しかと受け止め、守りきって見せましょうぞ! 』
魔力収納にいる皆が俺の背中を押してくれる。本当に頼りになる仲間達だよ。
「あ? 何だお前? 命乞いでもしたいのか? 」
「ラ、ライル君!? 危険です! 戻って下さい! 」
「おい!? 気でも触れたのか? じっとしてないと守れないだろ! 」
ウェアウルフ達の前に出る俺に、訝しるウォルフと驚愕するエルマンに困惑する冒険者達。その中でエレミアとゲイリッヒはただ静かに見守ってくれている。
「本当に、私達を殺すつもりなんですか? 」
「だったら何だ? どう考えてもこの状況は覆らない。無駄な抵抗は止めるんだな。そうすりゃ苦しめずに一撃で殺してやるよ」
「…… そうか。じゃあ、俺達も遠慮はしない」
俺は自分の体から一気に魔力を放出させ、辺り一帯に拡げる。
「うぉ!? なんつう魔力…… このガキ、本当に人間か!? 」
「まて、ウォルフ! よく見ろ、腕なしに隻眼の人間。こいつがダールグリフの言っていた例の主人の障害となる人間だ! 主人の為、最優先で仕留める!! 」
「マジで!? ちょっとぉ! 誰よ、楽な任務だって言ったのは! 」
どうやら俺の事は予め知らされていたみたいだったけど、思い出すのが少し遅かったな。そこは所詮元コボルト、思考力はあっても記憶力は乏しいようだ。
『オラオラァ! アンネ様のお通りだぁ!! 』
『そんじゃ、いっちょ暴れてやるか! 』
『お前達! 長にオレ達の勇姿を見せる絶好の機会、あの憎きガーゴイル共を一匹残らず殲滅するぞ! 』
『うおおぉぉ! 漲ってきました!! 今日の結界は一味違いますよ! 』
『ライル、えんりょしない、いった。ムウナも、えんりょ、しない! 』
辺りに拡がる俺の魔力から、ゴーレムに乗ったアンネ、愉しげにはしゃぐテオドア、タブリス率いる十名の堕天使達、やたらと気合いの入ったオルトン、食欲満載のムウナが飛び出してくる。
さぁ、これでもう後戻りは出来ないぞ。こうなったら徹底的にやるしかない。