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村から馬車で二時間程度の林へと到着し、木々の間を進んでいく。ここから先はもう奴等のテリトリーと言ってもいいだろう。何時ぱったり遭遇するか分からないので、注意深く慎重に馬車を走らせる。
幸いにも木と木の間はそんなに狭くなく結構開いているので、馬車でも難なく通れるが、その分隠れられる場所が少ないとも言えるな。ガーゴイルがもし上空を飛んで来たのなら、直ぐに見付かってしまう。
「話を聞いた通りなら、ここら辺りで半分くらいかと。どうします? 見付かった時を考慮してこのまま馬車で行くか、それとも危険ではありますが、馬車から下りて密かに行動するか」
見付かる事が前提なら、直ぐに逃げられるよう馬車で向かうのも有りだが、俺達は魔物の正体と謎の行動についての調査に来ているのであって、討伐をしに来たのではない。よって、ここは多少危険ではあるが、馬車を下りて徒歩で進むのをエルマンに提案する。
「分かりました。ではここで馬車は置いて行きましょう。ライルさんの馬であるルーサ君がとても賢いのは知っていますが、念のため冒険者の一人を残しましょう」
本来ならルーサごと魔力収納へ纏めて入れるところだけど、人の目があるのでそれは出来ない。悪いけどここで俺達が戻ってくるのを待っててくれよ、ルーサ。
魔力念話でそう伝えると、ルーサは寂しそうに鼻を擦り付けて来ては渋々了承してくれた。
「俺達が戻る迄しっかりと留守番頼んだぜ。それと、何が起こるか分からねぇから何時でも馬車を走らせられるようにしておけ」
「あぁ、分かってるさ。俺よりお前らの方が危険なんだから、自分の心配をしろよ。打ち合わせ通り、半日経っても来ないようなら、町まで行ってギルドに報告するからな」
これも事前に決めている事で、もし俺達が戻らない事態になったなら、何かしらのトラブルがあったと判断して二次災害を防ぐ為、早急に町のギルドへ報告する段取りになっている。
ルーサと馬車と冒険者の一人を残し、八人となった俺達は先へと向かう。護衛の冒険者も目立たないよう馬から下りて手綱を引きながら歩みを揃える。
「鳥の鳴き声が聞こえる…… 不穏な空気もないし、いたって普通だ。本当にその魔物がいるのか疑ってしまうな」
「私もとても穏やかな雰囲気に感じます。村にも人にも全く被害がないのを考えると、何が目的かはまだ分かりませんが、それ以外には本当に興味がないという事なのでしょうか? 」
冒険者のリーダーとエルマンの会話を聞き、俺も周囲の魔力を視るが野ウサギや鹿といった動物だけで、それらしい魔力は確認出来なかった。
「何の変哲もない森と同じだわ。目撃証言があるのに、ここまで変化が無いのも逆に怪しいわね」
「そんな事を言ったら、何もかもが怪しく見えてしまいますよ」
そんなエレミアの発言にゲイリッヒが苦笑する。
これはエルマンの予想していたように、目的以外には全く興味を示さないのか、それともそんな余裕が無いだけなのか。
その後も特に何事もなく、林の出口が目視できる所まで来た。ここからは馬を繋ぎ止め、木に身を隠しつつ林の向こうの平野を覗いてみたら、誰もが先に広がる光景に唖然とした。
「おい、見ろよ。ライルの絵と同じ魔物があんなにいやがるぞ。流石に俺達だけであの数を相手には出来ねぇな」
「それにしても、平野とは思えない程にそこら中穴だらけだ。そこまでして何を探している? 」
冒険者達が言うように、林の向こうにはガーゴイル達が一心不乱になって穴を掘っている姿があった。操っている者が見当たらないのは何故? そこが気掛りだ。
「我が主のお力で、あの辺りの地中深くまで魔力を探るのは可能でございますか? 」
「どうだろう? 取り合えず、やれる所までやってみるよ」
俺は集中して魔力を視る。深く、もっと深く…… 注意しながら探っていくと、地の奥深くに一つの魔力があった。
何だ、これ? 人の形はしているが、その高密度な魔力は到底人のものとは考えられない。どちらかと言えば魔物に近いもので、それもよく見知った魔力でもある。この魔力はヴァンパイアのもので間違いなさそうだ。
だとするのなら、あそこに視える恐ろしい程密度な魔力の持ち主は、あのゲイリッヒと同僚の寝起きが災悪なヴァンパイアだって事か?
二千年も眠っているとは思えないぐらいに魔力に衰えを感じさず、視てるだけで冷や汗が止まらないよ。ゲイリッヒがヴァンパイアの中で最強と言ったのが分かるな。あんな化け物、目覚めさせるべきではない。俺の見立てでは、結構深い所で眠っているみたいだから、ガーゴイルが掘り起こすまで、近くの町のギルドに報告するぐらいの時間はあるだろう。
「大丈夫? 息が荒いし顔色も悪いわ」
「視たのですか? やはり彼処にバルドゥインが眠っているようですね」
バルドゥインの存在をどうやって知ったのかは分からないが、あいつらの目的はこれで確定した。だけど、それをどうやってエルマン達に説明し、証明したら良いのだろうか?
まぁそれは追々考えるとして、今は一刻も早く此処から離れよう。ガーゴイルを操っているであろうカーミラの配下が見当たらないのがどうにも気になるけど。
そろそろ戻ろうとエルマンに目を向けたその時、背後から声を掛けられる。
「覗き見とは良い趣味だな? 」
慌てて振り替えった先には、さっきまでいなかった男性がそこに立っていた。
誰だ? 声を掛けられるまで誰もこの男の存在に気付かなかった。確かに魔力を探った時、俺達の周りには魔力反応は無かった筈だ。
目の前で怪しく笑う男に、俺は得たいの知れない恐怖を覚えた。