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夕食を食べ終え、早めに就寝についた次の日の朝。俺達は本格的に魔物調査へと乗り出す。
村長の話によると、ガーゴイルは村近くにある林を越えた先の平野によく集まってくるらしい。トルニクス共和国は内陸部にあるので山や森が多く、この村の人達も薪等の資源として木材を求めて林へと向かうのだと言う。当然、常駐している冒険者も同行している。
前までは、木材を確保するのに態々隣町まで出向いてギルドに依頼していたが、冒険者が常駐してくれるようになってからは、何時でも安全に林へと行けるようになったと村長は嬉しそうに話す。ついでに野ウサギ等の野生動物を狩る事もあるのだとか。
しかし、何時の日からか不気味な魔物が林の近くを彷徨くようになり、そのせいで動物達の警戒心がより一層強くなってしまい狩りが思うように上手くいかなくなる。冒険者も知らない未知の魔物に、村人は不安になって伐採も儘ならなくなったのだそうだ。
「林の向こうの平野に、そのガーゴイルが頻繁に集り何かやっているそうですので、私達は木々に隠れて遠くから様子を窺いましょう。村や村人に直接被害がない今、最低でもガーゴイルが集う場所で何が行われているのか、それを突き止めない事にはギルドも国も動いてはくれません」
「いや、何かが起きてからでは遅いと思うのですが? 」
「ライルさんの言うことは尤もです。ですが、ただ不気味だというだけで動いては、人手が足りなくなってしまいます。明確な危険性を証明しない事には国は彼等を助けようとはしません。この様な村では数も多い未知な魔物の討伐依頼を出来る程、金銭的余裕もありませんからね。しかも今は冬ですので、この時期は村人達の収入はゼロに等しい。勿論貯えもあるとは思いますが、自分の生活で手一杯なのでしょう」
それでも、魔王が侵略を開始している現状で不可解な行動に出る魔物がいたら、調査団を派遣するのが普通だと思うんだけどなぁ……
「我が主よ、恐らくは国の上層部までこの事が伝わっていないのではありませんか? 被害者が出てないので、何処かで誰かが報告を上にせず、途中で握り潰している可能性があります」
考えたくはないが、そうなんだろうな。首都から離れていて、積極的に襲ってくる訳でもない。危険性は薄いと判断してもっと緊急性の高いものを国の上層部へと回しているのかね?
余計なものに一々構っていられる程の余裕が無いのは察してあげられるけど、村から何度も調査してほしいとの嘆願があったのだから気付かない筈がない。意図的に無視しているのなら、それは戴けない。
「冒険者も慈善事業じゃないからな。依頼の無いものに進んで首を突っ込む奴は少ない。そこで信頼と実績のあるエルマンさんの出番って訳さ」
護衛の冒険者のリーダーが誇らしげに発言すれば、それに追従するように他の冒険者も頷いて見せる。
「ハハ、私だけでは中々大変ですが、ライルさんがいますからね。国が動かない事なんてありませんよ」
いやに俺を推してくる。自信満々な笑顔を向けてくるエルマンに疑問を感じ、その原因を探る。
う~ん、インファネースから来た商人ってだけじゃ薄いよな。今の俺にあってエルマン達にはないもの。それは国が無視出来ない程重要なもの? そんなのは…… あったよ。
リラグンド王妃様からお預かりしている書状。これが俺が特使だと言う証明になるとエルマンは言ってた。だとすれば、それだけで俺の発言の重さが変わる。同盟を持ち掛けて来た国の王妃様が気にしておられる事を、そうそう無下には出来ない。
これはエルマンの考えか? それとも、王妃様がここまで読んでいた? いやいや、まさか…… ね?
王妃様の全てを見透かすような目と、意味深な笑みを浮かべる様子が脳裏に浮かび、思わず底冷えする。いったい何処まで先を見ているのだろう。
「それでは、村人達が利用している狩場の林を目指します。そこから木を利用して隠れながら慎重に魔物が見える箇所まで進みましょう。もしも見付かってしまったのなら、昨日決めたよう、無理に倒そうとはせず逃げるのを優先します。分かりましたね? 」
エルマンの最終確認に、俺達は思い思いに頷いていく。
調査へ行くのに全員で行動すれば、奴等に発見される危険性は高まる。なので、エルマンの商会員達にはこの村に残って、昨日と同じく露店を開いてもらう事にした。
調査に赴くのは、俺とエレミアとゲイリッヒ、それからエルマンと護衛の冒険者五人である。
「いやぁ、申し訳ありません。私の馬車は露店に使われてしまいますので、またライルさんの馬車にお邪魔させて頂きます」
「別に大丈夫ですよ。何も魔物を殲滅するのではなく、調査だけですので問題はありません」
エルマンは俺の馬車に乗り込み、冒険者達は各自馬に乗って周囲を固めつつ移動する予定だ。
「それにしてもよ、随分と立派な馬だよな。見ろよ、この発達した足…… 体格も俺達の馬より一回り、下手したら二回りはデカイぞ? こいつなら、一頭で馬車を何十時間でも引けるな」
冒険者のリーダーに誉められ、ルーサは上機嫌に鼻を鳴らす。まるで言葉が通じてるみたいだ―― なんて感心する冒険者のリーダーに、他のメンバーがそんな訳あるかとつっこみ笑い合う姿に、内心冷や汗を流す。
ルーサは魔力収納に長くいた影響により半魔獣化しているので、知能も高くなっている。完全に言葉が通じてる訳ではないが、大体のニュアンスは理解していると思う。
そんなルーサも、久し振りの長旅で外を満喫しているようで機嫌が良い。そんじゃ、その調子でもう一走りお願いしますよ。
魔力念話でそう伝えると、ルーサは任せろと言わんばかりに力強く嘶いた。