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「先ずは魔術の仕組みについて覚えてもらいますね」
さっそくアルクス先生の授業が始まった。
「魔術とは、魔術言語を用いて様々な現象を起こし、物質に干渉し色々な効果を与える物です、まぁ分かりやすく言えばですがね」
俺がまだ五歳児なのを考慮して大分言葉を砕いてくれたみたいだ。まぁ普通こんな子供に魔術云々を理解できるとは思えないよな。
それでもアルクス先生はきちんと分かりやすく教えようとしてくれている。ありがたいことだ。
だけどまだ子供には難しい言葉があるけどそこはしょうがないよね。
「先生、具体的に魔術言語をどのよう用いて魔術を発動するのですか?」
「え?あ、あぁ、それはですね、魔術“言語”といっても、僕達が喋っているようなのではなく厳密に言うと“文字”なのです。そもそも言語というのは文字と言葉の二つの意味があります。僕達魔術師はその文字を使い“式”を構築し、そこに魔力を流し“術”を発動させます」
おぉ、いきなりすこし難しくなったな。
「なぜ文字だけなのですか?文字があるのなら、それを読む言葉があるはずでは?」
「それは当然の疑問ですね、たけど僕達は文字の意味は分かってもどのようにして発音していたかは分かりません」
ん?意味は分かっても喋る事が出来ない?
「すいません、よく分からないのですが、どうしてそうなったんですか?」
するとアルクス先生は中指で眼鏡の位置を直しながら
「そうですね、実は魔術ができたのは千年以上前なのです。その時代は今よりも遥かに文明が栄えていました。勿論魔術も今よりもずっと進んでいましたよ。だけどその文明は千年前に滅びてしまい、高度な魔術の知識もほとんどが失われてしまったのです。遺跡から魔道具や書物を発掘して、それらを調べながら少しずつ魔術を発展させようと僕達魔術師は日々研究をしています。そして魔術言語の解読なのですが、例えば光を灯す魔術に使われている術式を解読する場合は、そこによく使われている文字の並びを見つけて、それを“光”と仮定して新しい術式を組んでいき、正しいかどうかの実証をしていくんです。全ては仮定から始まるのです。この文字はこういう意味だろうと仮定して、それを実証する為の実験をする。そうやって少しずつ此方の言葉に当て嵌めて解読していったので、本来の発音は分からないままなのです」
なるほど、そんな昔から魔術はあったのか。でも一度なくなってしまったと。そして、魔術言語をいまの言葉に当て嵌めながら解読したので、その言葉を読むことは出来ても、喋る事は出来ないという訳か。
「それでですね、魔術を使うには構築した術式を刻まなければなりません」
「刻む?何にですか?」
「ライル君は、魔道具を見たことはありますか?」
「それらしい物なら、たしか医者が持っていた光る小さな棒のような」
「あぁ、あれですね、あれも魔道具で光を放つだけの簡単な術式です」
「術式?では魔道具も魔術と同じなんですか?」
「はい、術式を刻む対象が人か物かの違いしかありません。刻んだ術式に魔力を込めることで術が発動します」
「人に術式を刻むというのは体のどこかにですか?」
「いえ、違います。皮膚ではなく何と言えばいいのか……心、魂、精神、自分の中にある本質的な部分とでも言いましょうか……そこは自分の魔力の保存場所でもあると言われています」
う~ん……なんだかスピリチュアルな話しになってきたな。
「そこに術式を刻む事によって、道具に頼らず、自分の身一つで術を発動できます」
「どのような方法で式を対象に刻むのですか?」
「魔力で対象そのものに干渉し、術式を刻み付けます。それには高度な魔力操作の技術が必要になりますが」
「先生はそれが出来るのですか?」
「勿論です。その為に僕は王都にある魔術学園で学んだんですよ」
「術式を刻めば誰でも魔術が使えるようになるのですか?」
「そうですね、誰かに術式を刻んでもらえばその術が使えるようにはなりますね、ただし人によって刻める術式の容量が異なりますが」
使える魔術の数には個人差があるってことか。
「僕の術式を刻める容量はどのくらいあるかわかりますか?」
「ふむ……確かに早目に知っておいたほうがいいですね、術式を刻める容量は生まれて死ぬまで変わることはないという研究結果がでていますしね……調べてみますか?」
「はい、お願いします」
「わかりました。今から僕の魔力をライル君に流し込みますのでそれを受け入れてください。少しでも拒否反応を起こせば流し込んだ僕の魔力は一瞬して四散してしまいますので気を付けて下さいね」
アルクス先生はそう言うと、右手を俺の頭に優しく置いた。
アルクス先生の魔力が俺の中へと入っていくのが見える、俺はただその魔力を受け入れ続けた。
「こ、これは………なんという魔力量だ……この年齢で……素晴らしい、しかし……これは………」
アルクス先生は目を閉じながら何やらぶつぶつと呟いている。端から見たらこんな不気味な光景はないだろうな、ここにクラリスがいなくて良かったかもしれない。
暫くするとアルクス先生は俺の頭から手を離した、その顔はなんだか少し困っているようだった。
「ライル君………凄く言いづらいのだけど、でも言わなきゃいけない。決して悲観しないでほしい………ライル君、君に術式を刻んであげることが出来ません」
は?…………それってつまり………