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村の広場的な場所に向かった俺達は、馬車の後ろにある扉を開いて、商品が良く見えるように並び変えている近くで、一緒に来たエルマン達も、同じように帆馬車の布を開いて準備を始める。
その間にも村にエルマンの商会がいると広まっていたのか、人がどんどん集まって来た。まぁ、そんなに大きな村ではないけど、集まればそれなりの人数にはなるな。
村人の殆どは調味料や肉を求めているが、エルマンの巧みな話術により、他の商品も流れるように捌いていく。ついでとばかりに此方の商品も売り込んでくれたお陰で、洗浄の魔道具やジパングの酒、村人達が初めて見るだろう味噌や醤油なんかも売れた。
ハァ…… セールストークとはこういうものなんだと、目の前で叩き付けられた感じだよ。やっぱり場数を踏んだ本物の商人は一味も二味も違うね。思い付きで始めた俺なんかとは全然違う。
何が凄いって、嘘は勿論、大袈裟な表現や誇張は一切ない。例えば味噌を売り込んだ時には、自分で経験したあの味噌煮込み鍋を食べた時の状況と感想を伝えているだけなのに、何故か美味そうに聞こえるんだよな。語彙力がある人って羨ましいね、尊敬するよ。
「ありがとうございます。エルマンさんが売り込んでくれたので、予想以上の売り上げになりました」
「なに、私が勝手にやった事ですので、そうお気に為さらず。それに、ライルさんが用意した商品はどれも良いものですから、積極的に売り込んでおかないと損だと思いましてね。こういう事は余り得意ではなさそうだったので、つい口と体が動いてしまいました。余計なお世話にならずに済んで良かったです」
そこなんだよね。商品には自信があるのだけど、いかんせんそれを売り込む技術も無ければ、仲間にそういうのが得意な者もいない。俺の店がこれからもっと繁盛させるのに重要な課題になりそうだ。
これは一から勉強するより、何処かの商会から引き抜いた方が早い。出来ればエルマンのような手練れが望ましいのだけれど、それは望み過ぎだな。今回の一件が片付いたら、真面目に検討してみよう。取り合えず商工ギルドに相談すれば、誰か良い人材を紹介してくれるかな?
等と考えていると、明らかに村人ではない武装した人達か此方へ歩いてくるのが見える。彼等がたぶん村長が言っていた村に常駐している冒険者なのだろう。
「エルマンさんが直接来るなんて珍しい。もしかして最近彷徨くようになった魔物でも見に来たのか? 」
「えぇ、少々気になりましてね。貴方方もその魔物について何かご存知なら、話をお聞かせ願いませんか? 」
槍を担いだ冒険者がエルマンと親しげに会話をする。ただの見知っただけの関係では無いようだ。まったく、この人はどれだけ顔が広いんだ?
『それは長も負けてはいないぞ? むしろ質では勝っているように思えるが? 』
『だよね~、聖教国の教皇に、皇帝と初代皇帝でしょ? それとサンドレアの王と、人魚の女王、ドワーフの王、天使達の族長、エルフの里長、あとはリラグンドの第二王子とディアナ王妃。そして極め付きには、妖精の女王であるこのあたし! こうして並べてみると、とんでもねぇな!! 』
まぁ、確かに。量では負けるが質では勝っているとも言えなくはないが…… 質が高過ぎて気軽に頼み事が出来る相手じゃないんだよ。何か頼もうとすると必ず大きな見返りが要求されるから、おいそれと連絡も出来ない。俺もエルマンのように商才があれば別なんだろうけど、とても真似出来そうもない。なんて軽く落胆している間にも冒険者とエルマンの会話は進んでいく。
「成る程…… では、あまり商品向きではないと? 」
「あぁ、ロックリザードのように一度に多く皮が取れるんなら良いんだが、結構小柄でゴブリン位しかない。いくら皮が堅かろうと効率は悪いんじゃないか? 爪と牙も鋭そうだったが、あれじゃ短剣にもなりゃしねぇ。それよりも軽鎧は持ってきてないのか? 出来れば金属じゃないやつが良いんだが」
「レザーですか? いえ、残念ですが防具の類いは金属製の物しかありませんね。申し訳ありません、すぐに必要と言うのなら今から商会の者を走らせますが、どうします? 」
「そこまで急ぎって訳じゃないから、次に商会の奴が訪れた時で良いや。取り合えず回復薬と酒を貰えないか? 」
彼等は軽くて丈夫な鎧を求めているようだ。ミスリルなら要望を満たしているとは思うが、金属製以外だからな。きっと予算の都合が取れなかったに違いない。
最低でも鉄と同等の硬さで鉄よりも軽く、金属ではない物。パッと聞いた限り無茶な注文とも思えるが、生憎と俺はその条件に全て当てはまる素材を持っている。
「あの、この村に鍛冶師はいないのですか? 」
「はい? いや、村の外れに一人で住んでいると記憶しておりますが…… それがどうしましたか? 」
「なら、その方に防具を作って頂く事は可能で? 」
「えぇ、彼なら武具の作成から手入れまで一通り出来ますよ。ライルさん、もしかして…… 」
お、流石にここまで話せば気付くよな。
「ちょうど良い素材があるのですが、それを防具に加工してくれる人がいなければ意味がありませんからね」
「なに!? おい、あんたも商人なのか? エルマンさんとこの新人じゃなくて? 」
今の俺って周囲からそう認識されているのか。まぁそれならそれで良いんだけどさ。
俺は驚く冒険者に軽く頷き、馬車の奥からとある素材を探している振りをしながら、魔力収納から取り出して持っていく。
「おい。もしかして、これは…… 」
「はい。シールドアントの甲殻です。軽くて鉄よりも丈夫ですよ」
インセクトキングの巣穴で倒した蟻達の素材は一部を除いて殆どが魔力収納の肥やしとなっている状況だから、売れそうな内に捌いておかないと勿体ない。
「そりゃ鉄よりも軽くて丈夫だろうよ。まさか素材のまま出してくるとは…… こんなの何処で手に入れたんだよ」
鈍い銀色に光るシールドアントの甲殻を、冒険者達は引き吊った表情で見ていた。
あ、あれ? こんなに驚かれるとは…… ジャイアントセンチピードルの方がまだ自然だったか?