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美味しい鶏料理に舌鼓を打った俺達は、御馳走してくれたエルマンにお返しとしてジパングの酒とつまみを振る舞う為、宿屋のエルマンの部屋へ向かった。
「ほぅ、これが米のお酒ですか。う~ん…… 香りも良く飲みやすい。成る程、これは確かに売れますね。それに色々と種類があるのも驚きです。ジパングと個人的に取り引きしたいところではありますが、この国は海に面してはいませんので残念です」
「ということは、ここで食する魚も川魚のみなので? 」
「えぇ、魔王が出現する前はヴェルーシ公国と西隣のラグオア王国から海の魚を輸入していたのですが、今ではそれも厳しくなっています」
道中の安全が確保しにくくなっている状況に、貿易が滞っているようだ。まぁそれはトルニクス共和国だけの問題ではなく、全ての国に言える事だけど。
「いやぁ、乾物とはいえこうして海の幸を頂けるのは有り難い。さきイカに、干した貝柱、ホタテの乾物、何れも酒と実に良く合う。困りましたね、このままでは飲みすぎてしまいますよ」
「気に入ってくれて良かったです」
酔いが回り始めたのか、エルマンは饒舌になり、あれこれと国の状勢を色々と話してくれた。諜報員として長年活動していた結果、それなりに名の通った商会にまでなったらしい。
「では、エルマンさんの商会は割かし有名なんですね。それは羨ましい。是非とも成功の秘訣をご教授願いたいものです」
「ハハハ、秘訣というほど大層な事はしていませんよ。ただ、人々の声に耳を傾け、その時々の状況にあった物を提供するだけです。それと誠実さも忘れてはなりません。どんな相手でも、一度信用を失ってしまえば、そこから綻びが生じ、いずれ取り返しのつかない事になってしまいます。そういう商会を私は何度も見てきました。一攫千金なんて望むものではありませんよ。あれは商売ではなく殆ど運任せの所がありますからね」
日頃の地道な積み重ねが何よりも大事だという訳か。でも、男なら一度は一攫千金を夢見るものだよな。
「良いですか? 信用を得るのが一番根気が必要で大変なんですよ。この信用を得るのに何年も掛かるのに、たった一度の失態で一気に崩れてしまう。だから商人は臆病で慎重過ぎるぐらいが丁度良いのかも知れませんね。ちょっとした行動が相手に不信感を抱かせる場合もあります。例えばそう…… 空間収納だと嘘を付いて未知の収納能力を目の前で使うのは、あまりお勧め出来ませんね」
えっ…… ? いきなりの事で面を食らい、不覚にも茫然としてしまった。今なんて? エルマンは俺の嘘に気が付いていたのか。
「まぁ、空間収納スキルを持っている者は少ないですからね。誰も気付かないのは当然です。ライルさんがお酒とつまみを何もない空間から取り出す様子は空間収納とは全然違うものだと分かります」
「そ、それはそんなにハッキリと分かるものなんですか? 」
「空間収納スキルを持っている者なら、恐らく全員気付くでしょうね。そもそも空間収納は何もない空間から突然現れるものではありませんから」
確かに、空間収納を発動すると空中にぽっかりと穴が開いて、そこから収納している物を取り出す仕様になっている。前にジパングの商人であるスズキから見せて貰った事があったな。でも、それを知っているという事は、もしかしてエルマンも……
「そう、私も空間収納スキルを持っているのですよ。だからこそ、ライルさんのそれは全くの別物だと分かるのです。隠し事をするのがいけない訳ではありませんが、それが露呈した場合、どんな事情があろうとも不信感を抱く理由になってしまいます。それを忘れないでください」
「ご忠告、ありがとうございます。確かに、エルマンさんの言う通り俺には空間収納スキルはありません。この事で不信に感じてしまうのも無理はありませんが、だからと言って全部お話しする訳にも…… 」
ここでエルマンに魔力収納の事を話せば、必然的に王妃様にも伝わる。あまりこの力については公にはしたくない。特に権力者にはね。インファネースの領主に話したのだって、シャロットの父親で信用出来そうだったからだ。これが王妃様にまでなると、おいそれと自分の秘密は明かせない。エルマンも先程言ったように、慎重過ぎるくらいが良い。
「大丈夫ですよ。王妃様からライルさんは何かしらの力を隠している事は知らされております。全て承知のうえで任務を遂行致します。ですが、私のように気付く者も少なからずいるというのを覚えてくださればそれで良いのです。今後、人前でその力をお使いになるのは控えた方が宜しいかと」
結局エルマンは親切心だけで忠告したようで、それ以上の意味はないと言った。空間収納のスキルを持つ者だけでなく、その仕組みを知っている者でさえ、気付く恐れがある。
はぁ…… 完全に油断していた。いや、今までが上手く行っていたから気が緩んでいたのかもな。
でも人前で使わないのも、それはそれで不便ではある。空間収納だと嘘をつくからいけないのか? それなら、嘘をつかずに別の言い訳を考えた方が良さそうだな。