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あらかたバジリスクは倒し終えたので馬車から出て良く観察することにした。
うわぁ…… でっけぇ口だな。俺なんか軽く一呑み出来る程だ。魔力でバジリスクの口を開いて鋸状の牙を確認する。成る程、これは噛まれたら致命傷所じゃない。毒なんかなくても十分だと思うが、必要な相手がこの荒野に棲息しているって事なのか?
「いやぁ~、久し振りの運動は良いな! やっぱり体を動かさないと退屈で死にそうだぜ」
「はぁ? あんたとっくの昔に死んでんじゃん。それよか、図体ばかりで大した事無かったわね。次からはあたし一人でやらせなさいよ! 」
テオドアとアンネが乗っているゴーレムが軽口を叩きながら此方へ歩いてくるその後ろには、無惨な姿のバジリスクが二匹横たわっていた。
あんなにボロボロにしちゃって。あれじゃ、商品にならないな。まぁ伝えなかった俺が悪いんだけどさ。ムウナは骨まで綺麗に食べてる最中だし、まともに原型を留めているのはこのゲイリッヒが仕留めたやつだけか。
「バジリスクの毒はその手の者達に高値で売れますが、如何致しますか? 」
「あんまり聞きたかないけど、その手ってのはどの手? 」
「表には出ていない裏のギルドです。そこで暗殺用として重宝されているようです」
出たよ裏ギルド。ゲイリッヒの話では暗殺、誘拐、窃盗など、どっぷり犯罪に染まっている連中の巣窟。何故こんなのが世界中にあるのか…… それは、裏ギルドを利用している者に貴族や王族もいるからだそうだ。
決して表に出てはいけない政界の闇ってやつだね。魔物より恐ろしい世界だよ。
そんなもんと関わる気はさらさらないので、この毒はインファネースに戻ったらデイジーにでもあげるか。何かの薬の材料になるかも知れないからね。
欲しいのはバジリスクの皮だ。魔法耐性か…… どんな物に使用するかな?
「バジリスクの皮は、鎧や盾に使用するのが一般的であります! 」
うん、オルトンが言うように防具として使うのが良いだろう。けれども、それでは武具屋と同じゃないか。何か魔法耐性を活かした便利な魔道具はないものか……
「ライル、そろそろ行かないと日が暮れるわよ? 」
おっと、ここで止まってても仕方ない。移動しながらのんびり考えるとしますか。
俺はバジリスクの死体を一匹収納して、馬車に乗り込み先を急ぐ。
『バジリスク、かたいけど、うまかった。どくも、あのにがみが、くせになる』
結局、三匹も平らげたムウナは魔力収納内で満足そうに寝転んでいた。うん? バジリスクを食べたって事は、その細胞を取り込んだって事。もしかして、バジリスクの毒もムウナは生成出来るようなったのか? しかも魔法耐性の高い皮膚も手に入れている。
『もちのろん。ほかにも、どうくつでたべた、むしのどくも、つくれる』
洞窟? あぁ、インセクトキングがいた巣穴のことだな。そこにいた毒を持つ虫といえば…… ポイズンピルバクズか! あの出血毒も中々えげつないものだった。何かどんどん凶悪になっていくな。手に負えなくなったらどうしよう、今じゃ勝てる気がしないよ。
『その時は、今度こそ我の手で殺してくれようぞ』
何時もの小さい肉塊になってのんびりとしているムウナに、ウイスキーを片手にギルは殺気の籠った視線をぶつける。
う~ん、千年前の遺恨はそう簡単に消えやしないようで、まだギルはムウナを警戒し続けている。仲良くしてくれとは言わない―― というか言えない。当時の事を知らない俺がどうこう言えたもんじゃないからね。
バジリスクの襲撃を退けた俺達は、一日掛けて荒野を越え、緑溢れる平野を馬車で進んでいく。
リラグンドより北にあるからと言っても、雪は降っていないようだ。しかし気温は断然こっちの方が低い。馬車の中は魔術で快適な温度に保っているが、外では吐く息が白くなるくらいに寒い。
なので馬車から出る時はコート等で厚着をする訳だが、保温性はいまいちだ。はぁ、こういうときヒートテックが恋しくなる。
「雪ねぇ…… 話には聞いた事あるけど、触ったことも見たことも無いわ」
「エレミア達がいる森はリラグンド王国内だから、まずお目に掛かる事は無いよね。俺もこの世界で生まれてからまだ一度も見てないよ。レグラス王国は今の時期だと雪が大量に降り積もっているんだろうね…… 雪掻きとか大変そうだな」
前世での子供時代は、冬になったら必ず屋根に上って雪おろしの手伝いをさせられたものだよ。その頃から高い所が苦手だったから、もう生きた心地がしなかった。でも、雪を下ろさないと重みで家の襖が開かなくなるんだよ。降ってくる時はあんなにフワフワしているのに、それが集まると家を押し潰してしまう。子供心に不思議だなと感じたのを覚えている。
近所の家では、おろした雪の山へ屋根からダイブする子もいたが、俺からすれば信じられない行為だ。
「…… 雪って面倒なのね。でも、なんでライルは嬉しそうに語るの? 」
「え、そう? たぶんだけど、雪のある景色は俺にとって馴染み深い故郷のものだからかな? 面倒で、降らなきゃ良いのにって毎年思うんだけど、何故かその風景が見たくなる。それぐらい、心に残るものなんだよ。辺り一面に広がる真っ白な光景ってのはさ」
「へぇ…… 私も見てみたいな。ライルが見た雪の景色を」
そうだな。魔王の件が片付いたら、皆で冬のレグラス王国に行くのも悪くない。
『ねぇ、雪にかき氷のシロップ掛けたら旨いのかな? 』
『あたり、いちめんの、かきごおり! ゆめが、ある! 』
あぁ…… 俺も昔アンネと同じ事を考えたよ。だけどな、降り積もってる雪は思ってたより苦いぞ。