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目的地へ向かって馬車を走らせる事二日。インファネースから離れた途端に魔獣の襲撃に遭う。
海に出た時の事を鑑みれば、こうなるのは予想できていたので慌てずに対応した。まぁ、グレートウルフの群れ相手にエレミアとゴーレムを乗り回すアンネ、馭者を務めるゲイリッヒ、そして俺を背に大盾を構えるオルトン。これだけでも過剰戦力なのに、タブリスに選ばれた九名の堕天使達が変に張り切ってしまい、魔獣達を惨殺していく様子は、もう苛めにしか見えない。
「今日はここで夜を越す事にしましょう」
難なく敵を撃退した後、日が沈んで来たのでゲイリッヒが適当な場所を見繕って野宿の準備をする。とは言っても、食事の用意は魔力収納で出来るし、寝るのだって魔力収納内だ。俺以外はだけど…… なのでマジックテント一つ置くだけで済むからとても楽である。
「魔物や魔獣が活発になってるって言ってもあの程度、あたしの障害にはなりゃしないわ! 」
アンネは蜂蜜酒が入った木製のグラスを片手に勝ち誇ったように笑う。
「お前達、長の前だからとやり過ぎだ。あの程度、オレ達が出るまでも無かっただろう」
食事中なのに部下達に苦言を呈するタブリスの前には、九人の堕天使達が固い地面に正座をさせられていた。確かに途中から虐待みたいになってグレートウルフが気の毒に思ってしまった。彼等も悪気があった訳ではない。
「タブリスさん、それくらいにしておきましょう。我が主が落ち着いて食事が出来ないではありせんか」
「うむ。彼等も反省しているようなので、十分ではありませんか? それにしてもエレミア殿とアグネーゼ殿の料理は相変わらず旨いですな! このオルトン、食が止まりませんぞ! 」
堕天使達に助け船を出すゲイリッヒの横で、見た目通り大食漢のオルトンは食事の手が止まらない。
「お代わりはどう致しますか? 」
「あぁ、それじゃあお願いしようかな。ありがとう、アグネーゼさん」
茶碗にご飯をよそって持ってくるアグネーゼは少し不満気な様子を見せる。
「ライル様。もう結構長く一緒におられるのに、何時になったらさん付けをお止めくださるのでしょうか? 」
眉を下げて困り顔を向けるアグネーゼに、俺は少し動揺してしまう。エレミアは呼び捨てなのに対して、アグネーゼには今だに敬称を付けている事に納得していないようだ。でもなぁ、女性を呼び捨てにするのってタイミングが難しいんだよ。
そんな俺とアグネーゼの様子を窺っていたエレミアが口を挟む。
「ライル。こういうのは女性から言わせてどうするの? 男ならちゃんと応えないと駄目よ」
「えぇ? えっと、じゃあ、これからは敬称を付けるのは止めますね。ア、ア、アグネーゼ」
うわぁ、肝心な所でどもってしまった。気恥ずかしさの余り顔が熱くなる。恐らく俺の顔は茹でダコのように真っ赤になっている事だろう。
はぁ…… 格好悪い所を見せちゃったな。でも、アグネーゼが凄く喜んでくれているようで良かったよ。
同行者無しで仲間だけの旅なので、思う存分自分の力を活用出来るのは良いね。この食事だって、魔力収納でエレミアとアグネーゼが馬車の移動中に仕込み始めていたので、とても野宿で出てくるようなクオリティではない。まさか夜空の下でハンバーグ定食を食べれるなんて思わなかったよ。しかもテーブルまで用意して。
俺の力を知っている仲間内だからこその旅だね。最初はアンネと二人だけだったのに、後からハニービィやエレミア、ギルが加わり、あれよあれよという間にこんな大所帯になった。
「何だか不思議ね。里を出た時には、まさかこんなに人が集まるとは想像もしてなかったわ」
俺と同じ事を考えていたのか、食事をしている皆を眺めていたエレミアが感慨深く言葉を呟いたので、反射的に同意する。
「うん、有り難いよね。こんな俺に付いて来てくれるなんてさ」
「私はあのままライルとアンネ様、それとギルだけでも良かったけどね」
人が多くなれば、その分気を使ってしまうからな。どちらが良いとは言えないが、皆との出会いは間違いだとは思わない。目の前に広がる光景に、俺は確かな充実感を覚える。
「お? 何二人して黄昏てんのよ。ほれ、あんた達も飲みんさい! どうせ結界で敵なんか襲って来れないんだし、じゃんじゃんいっちゃおうぜ! 」
『くそぅ、こんな体じゃなければ俺様だって…… あぁ、酒が飲みてぇ』
『フン、たまには落ち着いて飲むという考えはないのか。だから羽虫共は好かんのだ』
外にも中にも常に仲間がいるこの状況に、多少思うところはあるけれど、それ以上に安心している自分がいる。前世と比べたら、今の俺は随分と恵まれてるな。
食事が終わり、皆を魔力収納に入れて俺はテントで就寝だ。しかしオルトンが頑なに見張りをすると言い始め、結界があるしハニービィ達もいるから大丈夫だと説明したが聞き入れてはくれなかった。ならば俺達もと、それを見ていた堕天使達が一斉に名乗りを上げて来たけど、丁重に魔力収納へと入るようお願いした。
ふぅ、これでやっと休める。
マジックテントの内部空間は、魔術によって普段よりずっと広く、そこにカーペットを敷いてベッドを置くだけでもう立派な部屋となる。
「私のベッドはないの? 」
「…… あの、エレミア? 別に魔力収納で寝ても良いんだけど? 外にはオルトンさんとハニービィ達が見張りをしているから心配ないよ」
「ふぅん…… 別に一つでも構わないわよ? 一緒に寝れば良いだけだから」
俺は無言でベッドをもう一つ出した。当初からエレミアはこうして俺の側で寝ようとする。本人曰く、もし何かあった場合、魔力収納からでは迅速な対応が出来ないとの事らしい。本当にエレミアは心配性だな。まぁ、自分が頼り無いのは自覚しているけどさ。