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各国の防衛がほぼ固まってきた頃、魔王側の勢力が整ったのか、遂に行動を起こしてきた。元トルシア王国を基準として、北と南に魔物の行軍が始まったとの報告を堕天使から受ける。
「北と南の二方向へ進軍していると? 」
「はい。空から監視していた者からそう聞いております。北はレグラス王国を目指しているかと思うのですが、南には幾つかの国がありますので、今の段階ではどの国へ進軍しているかは…… 」
元トルシア王国は、アスタリク帝国の東隣にあり、北には山脈を隔てた先にレグラス王国がある。この真冬の時期に山越えなんて何を考えているのやら。普通だったら無謀だと一蹴するところだけど、相手は魔王の影響で何かしらの恩恵を受けている魔物が集まった軍勢。人間の常識なんか通用しないだろう。
となれば、レグラス王国を攻めようとしているのは間違いないとは思うが、あの国はアスタリク帝国の次に国土が広く、長年帝国と小競合いをしている程に国力も高い。
どうして魔王はこうも大国を攻めようとするのか…… そもそもこの二国が隣接するトルシア王国を落として拠点とする意図が分からない。もっと安全で侵攻しやすい国は幾らでもあるだろうに。
それから南に進軍している魔物だが…… 幾つかの小国の後にヴェルーシ公国が、そしてその先にはここリラグンド王国にサンドレア王国と、順番に侵攻いていくつもりなのか?
とにかく、帝国が動けない今の内に他の国を侵略して領土を拡大しようとしていると思われる。
「レグラス王国には山脈を越えないといけませんので、時間は掛かる筈ですのですぐには影響はないかと。注意すべきは南に向かっている軍です。このまま国を落とされ続けられたら、いずれこの国へと辿り着きます」
「そこは各々の防衛力に期待する他ないかな。欲を言うなら、魔王を倒す為に周辺の国と軍事同盟を組みたいところだけど」
人類共通の敵が出てきたのだから、連合でも組んでくれないかな。なんて思いながら報告しに来てくれた堕天使を見送っていると、シャロットからマナフォンでお呼びが掛かる。
「お忙しいところお越し下さって感謝致しますわ」
館の正面玄関で待っていたシャロットが軽く頭を下げる。
「いや、それは別に構わないけど…… 相談したい事って? 」
「それにつきしては、お手数ですが別室にて」
まぁ、玄関先で話す内容なら態々呼び出したりはしないか。
「やっほ~! 今日はあたしも来たよ」
「ようこそ、アンネさん。ゴーレムの調子はどうですか? 」
「もうバッチシよ! 楽しくて毎日乗り回してるわ!! 」
ここ最近のアンネは工事現場で他の妖精達と一緒にゴーレムで石材を運んだりと手伝いをしている。よっぽどゴーレムを操縦するのが楽しいようだ。
因みに、今アンネのゴーレムは俺の魔力収納の中にある。一度収納内でギルとゴーレムでやり合おうとしたのはに焦った。まったく、あんなので暴れられたんじゃアルラウネ達が丹精込めて育ててくれている野菜や果物が全部台無しになってしまうじゃないか。
で、何故今回領主の館にアンネも付いて来たのかといえば、
「あたしも噂の王妃に会いたい! 」
との理由らしい。王妃様だぞ? ここに来たからって必ず会えるとは限らないのにな。
「では参りましょうか。王妃様が部屋でお待ちしております」
…… 良かったな、アンネ。どうやら会えるみたいだよ。
予想はしてたけど、やっぱり王妃様絡みですか? 魔王が動き出したこの時に呼ばれるなんて、良い知らせな訳がない。
「アンネ、相手は王妃様だからあんまり騒がないでくれよ? 」
「ちょっと、あたしを何だと思ってんの? 何で女王のあたしが人間の王妃に遠慮しなきゃなんないのよ! 」
確かにアンネは妖精の女王だったな。王妃様に比べて威厳も何もないから記憶から完全に消えていたよ。
「ならば女王としての格を人間の王妃に見せなければなりませんね? アンネ様の振る舞い一つで妖精達の品位が問われますよ? 」
「お? 言うね、エレミア。フフン、そんじゃ女王らしくやってやろうじゃん」
アンネが女王らしく? …… 駄目だ、全然想像つかない。まぁアンネだからな、期待しないでおくか。
シャロットに先導されて着いたのは、王妃様が自室として利用している部屋だ。前と同じようにノックをして返事を受け中に入ると、そこには既に領主とコルタス殿下が揃っていた。
「急に呼びつけてしまってごめんなさい。少し気になる情報を掴んだもので、貴方の意見も聞きたかったの。さ、席に着いて頂戴」
王妃様は、促されるまま席に着く俺とエレミアを確認しては目線をアンネへと移す。
「そちらの妖精さんは初めてかしら? 私はディアナ・ハーゼンブルグ・リラグンドと申します」
「えぇ、ライルや他の子達から話は聞いています。初めまして、あたしはアンネリッテ。妖精達の女王よ」
妖精の女王と聞いて王妃様は目を見開き、俺とエレミアに本当なの? と目線で問い掛けてきたので、肯定の意味を込めて頷いた。
「そう、まさか妖精の女王様にお会い出来るとは思いもしなかったわ…… では改めまして、どうぞよしなにお願いいたします」
王妃様は席から立ち上がり、見事なカーテシーを披露した。一国の王妃様が頭を下げて挨拶するなんて…… これにはここにいる誰もが驚いた。平然としているのはエレミアとアンネだけ。
「堅苦しいのはあまり好きではないの。ですからあたしの事はアンネと呼んでくれて構いません」
「では、私もディアナとお呼びください」
おぉ、何かちょっとだけ女王様っぽいぞ。なんて感心して二人のやり取りを眺めていたら、アンネが俺にどうだと言わんばかりのドヤ顔を披露してきた。
惜しい! 最後のそれが無かったら見直していたのに…… やっぱりアンネはアンネだったか。