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「今回の事はすまない。既に母上の手が伸びているとは思わなかった。隠していたつもりが逆に隠されていたとは、警戒していたのにこの様じゃ俺も滑稽だな。幸い母上は秘密主義者であるから、まだ父上や兄上はお前の存在に気付いていない筈だ。俺の知る限り情報戦で母上に敵う者はいない。味方になってくれるのなら、これ程心強いものはないだろうな」
王妃様との会談を終えて館の玄関に向かう途中、珍しくコルタス殿下が気落ちしていた。
「マナフォンの存在も知っていらしたのは驚きましたわ」
シャロットが言うように、王妃様はどうやってかは分からないけどマナフォンの情報まで掴んでいた。当然、それをご所望してきた訳だが、直属の諜報員達の分まで用意して欲しいと言ってきたのにはまいった。
流石にそれは材料等の都合で難しいと述べたところ、王妃様の分のみで勘弁してもらう。これでシャロットちゃんと何処にいても話ができると、ご満悦な王妃様に気付かれないように俺達は揃って溜め息を漏らす。
「殿下が毎晩のようにマナフォンを使うからでは? 」
「なんだと? 俺はお前の婚約者だ。毎日声を聞いてその日何をしていたのか知る権利はある」
「殿下のそういう所がなければ素直に尊敬出来ますのに…… 束縛が強い殿方はモテませんわよ? 」
「フッ…… お前以外の女に好かれてもな。だが、お前に嫌われるのは困るので検討はしておこう」
随分な物言いではあるが、完璧にシャロットの尻に敷かれている殿下に思わず苦笑してしまう。でもまぁ、この二人なら結婚しても上手くいきそうな気がするよ。
さてと、思いがけない大物の登場でこれから更に忙しくなりそうだ。しかし、それ以上にインファネースへ力を持つ者が集結していく現状に心が踊る。これからどんな発展をしていくのか楽しみだよ。
シャロットと殿下に別れを告げて南商店街に戻ってきた俺は、まずデイジーの薬屋へと向かう。
「家にはまだ戻らないの? 」
「あぁ、その前に頼んでおきたい事があってね」
この時間帯ならデイジーも自分の店にいる筈。そう思って薬屋に入ると予想通り、デイジーは店のカウンターで客の相手をしていた。
客の話を聞きつつ、俺とエレミアが入ってきたのを眼でチラリと見たデイジーが、店の端へ指を差し待ってくれと合図を送ってきたので、それに従って邪魔にならないよう端に寄る。
店の隅で待っていると客の対応を終えたデイジーが、ごめんなさいねとウインクをして歩いてきた。
「あなた達が店に来るのは珍しいわね。何か私に頼み事かしらぁ? 」
「はい。材料は此方で用意しますので、シャンプーとトリートメントを作って領主様の館まで届けて貰いたいんです」
そう、俺がここに来たのは王妃様に渡すシャンプーとトリートメントの作成を全部デイジーに丸投げする為である。これから先もずっとインファネースにいるのなら、俺が直接作って届けても良いのだが、何時また街から離れるかも知らない身なので、それならいっそ作成から配達まで別の人に任せようと考えた。そうなると俺の知り合いの中ではデイジーが適任である。
「それって、私にあれの作り方を教えてくれるって事? その価値がどれだけのものか貴方なら知ってるわよねぇ? 見返りが高くつきそうだわ。いったい何を企んでるのかしらぁ」
「実は…… 暫く領主様の館に王妃様がご滞在なさるので、その分のシャンプーとトリートメントをご所望しておられるんです。俺は店を留守にすることが多いのは知ってますよね? だからその代わりをデイジーさんがしてくれたらなぁと思いまして」
俺とデイジーはお互いに沈黙し、暫し無音が流れる。次に音が戻ったのはデイジーの驚愕に染まった野太い悲鳴だった。
「はぁ~~~~!!!? …… ち、ちょっと、王妃様って、あの王妃様よね? そんな御方に私みたいな胡散臭い奴が作った物を使えというの? 普通に考えれば怪しくて受け取ってもくれないどころか、近付く事も出来ないわよ。無理よ無理! 私には荷が重するぎるわ! 」
あ、自分でも胡散臭いとは思っているんだね。それはともかくとしてデイジーに断られると非常に困る。
「そこをどうにかお願いしますよ。こんな事を頼める相手はデイジーさんしかいないんです。ちゃんと領主様には伝えておきますので大丈夫ですって! 何も王妃様に直接会う訳ではないんですから、商品を作って館に届けるだけの簡単なお仕事だと思えば良いんですよ」
「だったらあんたがやんなさいよ! 」
「だから、何時店を離れるか分からない俺では厳しいって言ってるじゃないですか。デイジーさんが作ったシャンプーとトリートメントはこの店の商品に加えても良いですから、お願いしますよ」
自分の店にシャンプーとトリートメントを置けると聞いて、デイジーは悩み出す。きっと頭の中で王妃様と関わる事で起こる厄介と、これから出る店の利益とを天秤に掛けているのだろう。
腕を組み、ウンウンと唸りを上げる事数分。デイジーは意を決した顔で俺を真っ直ぐ見詰めてくる。
「分かったわよ…… 引き受けてやろうじゃない! その代わり店に置いたシャンプーとトリートメントの利益は全部こっちのものだからね! 」
少しヤケクソ気味だけど、この際どうでもいい。これで王妃様もご満足頂ける。見た目に難のあるデイジーだが、調合の腕は信頼出来るからな。
「あ、取り合えず王妃様の件は内密にお願いします」
「いくら噂話が好きな私でも、そんなの言い触らせる訳ないでしょ? 」
まぁ、本人は隠すつもりは無いようだけど、一応念の為にね。
「どうすんのよ…… 王妃様が使用なさる物を作るの? 私が? 緊張と責任でどうにかなっちゃいそうだわ…… 」
まだ何かブツブツと呟くデイジーから背を向け、後で正気に戻ってやっぱり嫌だと言われない内に店から出る。一度引き受けたんだからキッチリこなして貰いますよ。