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部屋から退出していく王妃様と殿下を見送った後、尋常じゃない気疲れから解放され思わずホッと息を吐く。
それは他のヘバックとティリアも同じだったようで、緊張していた表情を緩ませた。カラミアは別の意味で安心しているようだけど…… まだ涙で赤くなっている眼で王妃様が出ていった扉を見詰めている。
「王妃様と会える日が来ようとは、長生きはしてみるもんじゃの」
「はぁ…… 光栄ではあるんだけど、明日からどうすりゃ良いのよ? アタシ、つい案内するって言っちゃった」
「王妃様が協力してくださるのなら、ボフオート公爵はもう終わりね。やっと奥様の仇が取れるわ」
感激する者、困惑する者、決意に漲る者。少し話を交わしただけで、これ程までに影響を及ぼす。なるほど、これが王妃というものか。
代表者達は思い思いに自分の商店街へと帰っていく中、何故か俺だけか引き止められ、別室の扉の前まで連れてこられた。
「えっと…… まぁ大体の事は予想出来るけど、この部屋は? 」
「王妃様がこれから御過ごしになられるお部屋ですわ」
という事は、中にいらっしゃるのは当然王妃様な訳で…… 他の代表者達が帰るのを待ってから呼びつけるなんて、心当たりがありすぎて困る。
「ブフゥ~、すまないライル君。王妃様の頼みであれば、吾輩も断れんのだ」
国に属している限り、それはどうしようもない所だね。領主は何も悪くはないよ。
シャロットが控え目なノックをし、中からどうぞの声が返ってくる。失礼致しますと扉を開け中に入ってすぐに目についたのは、見るからに高価な家具と天幕付きの大きなベッド。部屋も広すぎる、いったい何畳あるんだ?
「王妃様、お連れ致しました」
「ありがとう、シャロットちゃん。どうぞ、座って話をいたしましょう」
王妃様に言われるまま、俺達は白を基調としたテーブルクロスが敷かれて、細かな意匠が施された匠の技が光る丸テーブルの席へと着く。
王妃様の隣左右にはシャロットとコルタス殿下。俺は丁度王妃様と対面する形で、間にはエレミアと領主が座っている。
「急に呼びつけてごめんなさいね。あの場では話せない事もあったので」
「い、いえ、お構いなく。それで、いったい私に何の用でありましょうか? 」
「そうね…… マジックバックの開発に他種族との交流。ジパングとの貿易をする切っ掛けを作り、インファネースを大きく発展させた立役者。そんな貴方とじっくりお話がしたかったの」
この人…… 俺がインファネースに来て何をやっていたのか殆ど把握してる。横目で殿下を見るが、小さく首を振った。殿下は何も喋ってはいないようだ。
「ふふ、コルタスは一生懸命に貴方を隠そうとしていたけど、私にだって目と耳になる者達はおります。彼等はとても優秀なのよ? 」
マジかよ、王妃直属の諜報員でもいるって言うのか? それでこの街での俺の行動は全部筒抜けだったって事?
怖っ! そんな前から俺をマークしてたのか? 王族がって言うより王妃様が恐ろしいよ。
「母上、いつの間に…… 」
「初めはシャロットちゃんが心配で見守っていただけだったのよ? それが、見知らぬ男性を家に連れ込むものだから、義母として相手を詳しく調べるのは当然でしょ? でも、報告を聞く度に驚いちゃったわ。まさか僅か一年でここまでインファネースを変えてしまうなんて」
これはどうあがいても言い逃れは出来そうもないが、だからといって何もかも話す必要もない。余計な事は言わず、王妃様がこの後どう出るか黙って待つのが得策だ。
「そう警戒なさらないで、別に国の為に働けとは言わないから。シャロットちゃんが貴方を信頼し、貴方もシャロットちゃんとインファネースの力になってくれている。それだけ分かれば十分よ。だからそう睨まないでくれる? エルフのお嬢さん」
「ライルの意思を無視して権力で縛り付けるつもりなら、私達エルフは容赦しない」
ち、ちょっと、エレミアさん? その気持ちは有り難いのだけど、王妃様にそれはまずいって。
「えぇ、肝に命じておくわ。彼に何かしたら、エルフだけじゃなく、他の種族の皆さんも一斉にインファネースから離れてしまいそうだものね。それは私の望む所ではありません」
ふぅ…… 気に障ってないようで良かった。この国にいられなくなったらどうするんだよ。そうなったら、母さん達を連れてサンドレアか帝国にでも逃げようかな。
「信頼する者達から情報は得ていましたが、こうして自分で確かめないと分からない事もあります。ふふ、貴方は不思議とシャロットちゃんに似ている気がするの。雰囲気というか、気配と言えばいいのか、良く分からないけど…… 不思議と言えば、貴方がインファネースに来る前の情報がどうしても掴めないのよ、出生に関しては特にね。まぁ、店にいる母親が元ハロトライン伯爵の使用人だった事と、伯爵の用心深い性格を鑑みれば、自ずと見えてくる所はあるわ」
いくら王妃様でも、父親との約束を破る訳にはいかない。これは親子としてではなく人としての問題だ。そこを深く掘り下げられたら何も言えなくなる。
「隠しているものを無理に追求するつもりはありません。ところで話は変わりますが、二人とも良い髪艶をしていますね? シャロットちゃんも前に会った時よりも随分と髪が滑らかになったのでは? これはもう若さという事だけでは説明がつきません。私も石鹸をよく泡立てて頭皮だけを洗い、植物から取った油を染み込ませた櫛で髪を梳いてはいますが、それでもここまでにはならないわ。確か…… シャンプーとトリートメント、だったかしら? 」
うわ、もう全部分かったうえで言ってるよ。でもあれは作れる数に限りがあるから商工ギルドには卸さず、シャロットや周囲の知人にだけ配ってる物だからなぁ。
「無理にとは言いません。最低、私が使う分だけ確保出来れば良いの。でもこれだけは知っておいて頂戴。貴族の女というものは、見栄に命を懸ける生き物なのよ。もし、私が貴方達と同じ様に滑らかな髪になって社交界に出たならば、周りの女性達はそれはもう躍起になって調べ、私にすり寄って来るでしょう。派閥に関係なく…… ここまで言えば分かると思うけど、それを利用して情報を集めたいの。魔王が現れた今だからこそ、国に溜まった膿を出しておかないとね」
ね―― て、にこやかに言われましても、ねぇ?
あぁ、話をすればするほど王妃様が恐ろしく見えるのは俺だけか? いや、コルタス殿下も苦々しい表情を浮かべている。
この人は絶対敵に回してはいけないと、俺の本能が心に訴えかけてくるよ。