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この日、王都へと出向いていた領主が戻ってきた。この話はすぐにインファネース中に拡がり、誰もが領主の帰還を喜んではいたが、それとは別に困惑する事態となる。
「あれは絶対見間違いなんかじゃないわ。あの馬車の紋章に周りを囲う騎士団。王族に連なる御方が乗っているに違いないわね」
「えぇ…… もうコルタス殿下がいるのに、他に誰が此処へ来るって言うんですか? 」
「これは私の推測なんだけど、護衛の騎士達は皆女性だったのよ。鎧の上からでも男かそれ以外は区別出来るわ。それと胸に白百合のエンブレムが刻まれていたのを確認したし、あれは王妃様直属の、女性だけで編成されているという白百合騎士団よ。そうなると、あの馬車に乗っている人物は自ずと決まってくるわね」
またデイジーとリタが店の中で噂話に興じている。そんなに店内は広くないので、声がカウンターまで丸聞こえだよ。もしかしてわざと聞かせてるのか?
しかし、西門から入ってきたのが領主の馬車だけじゃなく、王家の紋章を掲げた馬車とその女性騎士団がぞろぞろと来る様子を目の当たりにしたら、市民達が驚くのは無理もない。
デイジーが言うように、その白百合騎士団だとしたら、間違いなく馬車に乗っているのは王妃様だ。何故こんな時にインファネースへ? しかも領主と一緒に? 考えれば疑問は湧いてくるばかり。
何だか面倒な予感がひしひしと感じてくる。あぁ、やだなぁ…… 王妃様の来訪なんて絶対何かしらのイベントが起こるに決まってる。むしろ何も無い方がおかしい。
そんな俺の予感が的中したように、一人の妖精が店内に飛び込んで来た。
「お~い! ライル!! なんかね、ガストールから領主の館まで来るように呼んでこいって言われてさ」
この妖精は何時もガストール達と一緒にいる、名前は確かパッケだったな。
「それは今すぐにという意味だよね? 呼ばれた理由は聞いても? 」
「余計な事は何も喋るなって言われてんのよ。とにかく急いで集合だってさ。他の代表者にはガストール達が手分けして呼びに行ってるよ」
どうやら全ての商店街の代表者が同時にお呼び掛かっているらしい。いったい何の用かは知らないけど、まだ防壁も完成してないのに、これ以上手間を増やさないで欲しいね。
かなり急いでいるようで、迎えの馬車まで用意されていた。店はアグネーゼ達に任せて領主の館には俺とエレミアだけで向かう。
少し速めに走る馬車に、馭者の焦りと緊張が伝わってくる。もし王妃が来たとなれば、そりゃ緊張だってするだろう。でも、もうちょっと丁寧にお願いします。揺れが酷くて尻が痛い。
腰と尻の痛みに耐え、やっと領主の館に到着した俺とエレミアは、馬車から降りるなり使用人に連れられ、応接室へと通された。
「あら? やっと来たのね」
「よぉ! 何か全員呼ばれたみたいだけど、何なんだろな? 」
「お主はあの馬車を見んかったのか? 噂にもなっておるじゃろ? 王家の紋章をつけた馬車が領主様と一緒にこのインファネースに来ておる。儂らが呼ばれた原因はそれ以外ないじゃろうて」
各商店街の代表を務めているカラミア、ティリア、ヘバックの三人が既に到着していた。俺が最後だったようだな。
「噂ではあの馬車には王妃様が乗ってらしたのではないかと言われているのですが、何か知りませんか? 」
「ほぉ、そんな噂がもう出回っとるんか? 残念じゃが、儂は何も知らんぞい」
ヘバックは渋い顔をしながら、髭を撫でる。まぁ、馬車が来たのはつい今朝方の事なので仕方ない。
「ちょっと、西門からだったら、あんたの商店街を通ったんでしょ? その例の馬車と騎士団を見て何か分からなかったの? 」
「はぁ? アタシだって色々と忙しいんだ。朝っぱらから外を眺めてる暇なんてないんだよ」
「ふぅん、どうかしらねぇ? お子ちゃまだから間抜け面してベッドの中で涎でも垂らしてたんじゃないの? 」
「そういうあんたはどうなのさ? おばさんだから朝が弱くて起きられねぇんだろ? 」
ティリアとカラミアはお互いに睨み合い、火花を散らす。その様子をヘバックはまたかと言った風に溜め息を一つ溢した所へ、ノックの音が聞こえてきた。
「失礼致します。皆様、急なお呼びでご迷惑をお掛けして申し訳ありません。迅速にお集まり頂き、誠に感謝しますわ」
ぺこりと頭を下げるシャロットの後ろから領主とコルタス殿下が後から部屋に入ってくる。
「ブフゥ、吾輩からも礼を言う。今回は事が事だけに、こちらもどうやって対処してよいか困っておるのだ」
「すまないな。俺も何も聞かされていなくて、少し混乱している。昔から突拍子の無い事をする人だと知っていたが、まさか独断で王都から離れるとは…… 頭が痛くなる思いだ」
領主とコルタス殿下もだいぶお疲れのご様子。
「取り合えず、インファネースの経済を支える皆に、紹介しなければならんと思ってな。こうして集まって貰った次第である」
「よく分からんが、大事なのじゃな? して、その御方とは何処で紹介して貰えるのかの? 」
ヘバックの言葉に、領主とコルタス殿下は示し合わせたかのように左右へと離れると、開かれた扉から一人の女性が入ってくる。
シンプルだが、見るからに質の良い生地で仕立てたドレスを身に纏い、優雅な仕草で歩く姿には気品に溢れ、思わず息を飲んでしまう。優しそうな面持ちに反して、何処か近寄り難い雰囲気を醸し出す女性は、誰もが見惚れる微笑みを浮かべていた。
「ごきげんよう。本日の突然な訪問、誠に失礼致しました。私はディアナ・ハーゼンブルグ・リラグンドと申します。どうぞよしなに」
デイジーの予想は見事当たったな。よもや王妃様が御来訪なさる日が来るとはね…… これには他の代表者三人も驚きで固まっているよ。