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人魚達が取りこぼしたサハギン達が海から飛び出ては船に上がろうと迫ってくる。しかし、オルトンの張る結界がその侵入を拒み、上がっては海に落ちていくサハギンの間抜けな姿が後を絶たない。
「見てください、ライル君。いくらサハギンの知能が低いからといって、こんな同じ行動を繰り返しますか? 普通はこう何度も失敗すれば学習していくもの、これは明らかな異常行動です。これも魔王の影響によるものなのでしょうか? 」
一心不乱で船に乗り込もうとしているサハギン達をアルクス先生は冷静に観察と分析していた。確かに、今のサハギン達は完全に自我を失っているように見える。
「ねぇ、ライル。あれはちょっと危ないんじゃない? 」
エレミアの指さす方へ目を向けると、そこには二体のシーサーペントが海から顔を出して口を大きく開いていた。
「ライル様、流石にあんなのを二発同時に来られたのでは、受けきる自信はありません」
オルトンの顔には余裕がなく、冷や汗が一筋流れる。魔力は俺が補充してるので切れる心配はないのだが、オルトン自身があの凄まじい水の圧力に耐えきれそうもないと言う。
困ったな…… あの距離ではエレミアの魔法も当たらない。よしんば当たったとしても威力は半分以下にまで下がってしまうだろう。
すると突然海中からアンネのゴーレムが姿を現し、魔力で形成された羽を背中に生やし空を飛ぶ。もうなんでもアリだな、あのゴーレム。
「ここはあたしにまっかせんしゃい! 喰らえ、鉄をも砕くこの拳! ロケットパーーーンチ!! 」
ゴーレムに内蔵されているスピーカーからアンネの声が大音量で海に響き渡り、ゴーレムの両肘から先の部分が外れて二体のシーサーペントの開いている顎を殴り閉じた。そして魔力で操作しているのか、ゴーレムの腕は縦横無尽に飛び回り、シーサーペントを殴り続ける。まぁ、ロボットの定番と言えばそれだよな。シャロットならそこはキッチリと押さえていると思っていたよ。
「フハハハ! あたしの拳は、お前達が死ぬまで、殴るのを止めない!! 」
なんて悪辣なんだ。でも助かったのは事実だからなんとも言えないよ。
しかし、シーサーペントは海に潜り船に向かって高速で泳いでくる。アンネよりも人間を殺す事を優先しているようだ。その証拠に道中の人魚達には目もくれない。
くそ、ブレスが駄目なら直接船を沈めるつもりか。二体のシーサーペントが船の真下に着くと、その蛇みたいな長い体を船に巻き付けて絞め壊そうとする。
「フンッ!! なんのこれしき! 」
オルトンの結界によりシーサーペント達から船は守られたが、結界に絡み付いて離れない。しかも徐々に締め付ける力を加えて結界ごと船を破壊するつもりだ。
「むむ、これは些か厳しい状況であります。申し訳ありませんが、何とかしてくれると助かるのですが」
「分かりました。皆でシーサーペントを船から剥がしてみます。後どのくらい持ちそうですか? 」
オルトンにそう尋ねた直後、ピシリと結界に皹が入った。
「…… ご覧通り、あまり時間が無いかと」
みたいだね…… 急いでシーサーペントを剥がすぞ! 船長も乗組員も皆で武器が届く範囲で良いから、船に巻き付いている体に攻撃を仕掛けるんだ!!
アルクス先生も慣れない動きで剣を振るが、シーサーペントの硬い鱗に弾かれて傷一つ付けられない。
「流石は上級冒険者が好んで鎧の素材に使うだけあって頑丈ですね。斬りつけた反動で手が痺れてしまいましたよ。ここは素直に魔術を使うとしましょう」
残念そうに剣を鞘に戻し、魔力を練って集中するアルクス先生の掌に、黄色い魔術陣が浮かび上がる。
「僕もあれから色々と研究を重ねています。ライル君にその成果を少しお見せしましょうか」
魔術陣が浮かぶ掌を翳すと、今も船に巻き付き結界ごと押し潰そうとしているシーサーペントの体の一部分に、立体的な球体の魔術陣が展開される。少し間が空いた後、魔術陣に包み込まれた体の部位が激しく痙攣したかと思ったら内部から爆発したかのように弾け飛び、シーサーペントの血と肉と鱗がバチャバチャと音を鳴らして海に落ちていった。
「どうです? あの魔術陣の内部に超振動を起こして中にある物体を内側から破壊します。これならどんなに頑丈な肉体を持っていたとしても意味を成しません。この対象の固有振動数を自動で計算する術式を構築するのにかなり苦労しましたよ。ただ、今の段階では射程範囲が小さく距離も短かく、消費魔力が多くて燃費が悪い。発動までの時間も長いので、動き回る相手にはまず当たりません。まだまだ改良の余地ありですね」
いや、それでも凶悪なのは代わり無いよ。シャロットと一緒に研究しているせいか、どんどん危険な発想になっている気がする。それでも、色々と知識が増えていって楽しそうではあるね。
体が破裂して千切れたシーサーペントは、力を失いそのまま海へと消えていく。残りは後一体、アルクス先生がまたあの魔術を発動させようと準備するが、皹が全体に広がりそれまで結界が持ちそうもない。
「エレミア、早く雷魔法を! 」
「駄目よ、今度は距離が近すぎる! あれを気絶させる程の威力を放てば、周囲を巻き込んで危険だわ」
パキパキと結界が軋む音が鳴り響く。そんな時、またもやアンネの声が轟いた。
「あたしを無視すんじゃねぇやい! この蛇野郎が!! 」
腕を戻したゴーレムが、今度は両足が外れ、変形と合体を経て一つの銃器の形へと変化した。それを両手で持ち、銃口をシーサーペントに向ける。
「魔力充填120パーセント! その身で味わえ、これがゴーレムとあたしの全力だぁ!! 」
銃身に集まった高濃度な魔力が、刻まれた魔術式によって破壊的エネルギーへと変換され、シーサーペント目掛けて射出された。
眩い光線が視界を埋めつくし、世界は一時白に染まる。再び色を取り戻した先には、頭部が跡形もなく消失したシーサーペントの姿があった。
「うっひょ~! これ一度思いっきりぶっ放してみたかったのよね! 」
おい! 少し狙いがずれていたら、船に大穴が空いていたぞ。シャロットめ、なんつう物をアンネに与えてくれちゃってんだよ。