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年が明け、人々は魔王への恐怖と不安を押し隠すように新年を祝う。
朝になれば店はセールを始め、街はお祭り騒ぎ。しかし市民達の笑顔は何処かぎこちない。勇者候補は現れているが所詮は候補に過ぎず、皆には人類の希望となる勇者が必要なのだ。
「なぁ、アンネ。勇者は何時頃に選ばれるんだ? 」
朝食時、テーブルの上でハッピーニューイヤー! とテンションを上げてデザートワインを飲んでいるアンネに聞いてみた。
「んぁ? 勇者? んなの分かんないわよ。勇者には~…… 最後に残った勇者候補がなるとか、暫くして属性神達から決められるとか、その都度違うのよ。だから明確に何時勇者が決まるかなんて予測出来ないわね」
『候補の中で誰が一番勇者として相応しいか、属性神達の意見が一致するのが早ければ良いのだがな。各々自分の選んだ候補を推すので中々決まりづらいのだ』
アンネとギルの話では、結構時間が掛かりそうだ。その間にも魔物の被害は増すばかりだと言うのに。
「五百年前のようにはならないと良いのですがね」
優雅にワインを飲むゲイリッヒがボソッと呟く。
確か、五百年前は勇者候補同士の対立の末、当時の記憶持ちであるクロトが勇者になったんだっけ。今回もその可能性は無いと言えないが、あのクレスがいるのだから低いと思う。きっとクレスなら、無理に勇者を一人決めるより、勇者候補皆の力を合わせて魔王を討ち倒そう! なんて言うかもね。
「年の初めにそんな辛気臭くてどうするの? ここは明るく店を開きましょう!」
この話はここで終わりと言うように、母さんがパンっと手を叩いて声を上げる。
そうだな、めでたい日なのだから今日ぐらいは明るく元気にいこう。でないと店に来てくれた客に失礼だ。
こんな時だからこそ新年を明るく迎え、不安を吹き飛ばしてしまおう。そうすれば自然と希望を抱く事に繋がる。
今日から毎年恒例の商店街での値下げ競争が始まる。他の商店街にお客を全部奪われないようにしないと。取り合えず俺の店は赤字覚悟の全品半額セールからだ! じゃんじゃん呼び込むぞ!!
「おっし! あたしも手伝っちゃうよ~。超絶可愛いあたしが店の前にいるだけで、もう客なんかわんさか入って来んだから!! 」
「おぉ、それは頼もしいね。じゃあ、ゲイリッヒにも店頭に立ってもらおうかな? それから後でリックにも呼び込みの手伝いを頼むか。フフ、こんな時こそ使える人材は惜しみ無く使っていかないとな」
隣にいるエレミアから呆れたような溜め息が聞こえるが気にしない。やるなら全力だ、今年こそ集客率一位を目指すぞ!
帝国が睨みを効かしているお陰で魔王に動きは見られないが、着々と魔物が集まっているらしく、攻撃を仕掛ける準備が進められているようだ。
その隙に俺達は新年を祝い、騒ぎ、心のケアをする。何時までも沈んでいたら、勝てるものも勝てなくなってしまいそうだからね。
新しい年は希望の年となるように、そんな願いを込めて正月を過ごしていく。
この日ばかりは市民も冒険者も仕事は休んで思い思いに楽しんでいた。しかし、そんな中でも仕事を休めない人達もいる。
「くそったれ、こんな時に浮かれやがって…… もっと危機感を持って家で大人しくしてろってんだ」
「兄貴ぃ~、皆楽しそうっす。何でオレッち達はあそこにいないんっすかね? 」
「…… 」
街の見回りでもしていたのか、ガストールとルベルト、グリムの三人が兵士の鎧を着こんだまま店に来ては窓から見える人達を恨めしそうに眺めている。
「あの…… 窓から離れてくれませんか? お三方がそこにいると、客が怖がって入ってこないじゃないですか」
「ちょっ!? オレッちも混ぜないでほしいっす! 怖いのは兄貴達だけっすよ!! 」
いや、ルベルトも十分見た目チンピラだよ。とにかく用が済んだならとっとと出てってくれないかな? この三日間が勝負時なんだからさ。
「ったく…… 少しぐらい休ませてくれても良いじゃねぇか。俺達が来る前から客なんてそんなにいないんだからよ」
「そっすよ。何時も通り閑散としてるんっすから、紅茶の一杯ぐらい飲んでいても変わんないっす」
なんだと? この野郎、さっきまではちゃんと客はいたんだ! お前達が来てから見なくなったんじゃろがい!!
「ライル様…… 顔は笑ってるのに怒りが伝わってきます。器用ですね! 」
アグネーゼさん、変な所で感心してないでコイツらを店から追い出してくれませんかね…… え? 顔が怖いから無理? それじゃ仕方ない。オルトンさん、出番ですよ!
「お任せ下さい! おい、いくら領主の兵でもそんな顔をしていては営業妨害だ。即刻退店して仕事に戻れ! 」
魔力収納から出たオルトンが、意気揚々とガストール達の前に立ちはだかる。店にいる時はずっと魔力収納にいたからか、随分と張り切ってるな。でも、もうちょっとましな言い方はなかったのかね?
「お前だって俺達と見た目そんなに大差ねぇだろうが! 体格がある分、そっちの方がだいぶ威圧的だぜ? 」
「そうそう、こんなデカブツがいたんじゃ商売あがったりだね! 」
ガストールとパッケの無慈悲な指摘に、オルトンは遂に膝を付いてその場に崩れてしまう。
あぁ、こんな日が何時までも続けば良いのに…… 平和な光景を目の前に、そう願わずにはいられなかった。