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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十六幕】七人の勇者候補と戦禍の足音
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6

 

 魔王によって一つの国が滅亡した。


 魔物が動きを見せてから約一週間。今年の最後に耳を疑うニュースが国中に広がる。

 まさかあの帝国が? かと思ったがそうではなく、隣にある属国が攻め落とされたようだ。


 堕天使達が集めた情報によれば、魔物の群勢は進路を急遽変更して帝国領とその属国であるトルシア王国の国境に向かい、そこを占領した。そしてそのまま居座り、魔王本人が率いる少数の魔物達がトルシア王国の王都を蹂躙したのだった。


 帝国軍は直ぐ様援軍を出したのだが、国境で魔物の大群が邪魔をして思うように動けなかったようで、間に合わずに国は滅び土地は魔王に奪われてしまう事態になる。


 やられた…… まさかこんな簡単に国が亡くなるとは、誰が予想できる? トルシア王国だってそれなりの防衛準備はしていた筈。それをこの短期間で打ち破るなんて…… ショックで言葉が出ない。


 この衝撃的なニュースは、人々の心に不安と恐怖を植え付けるのに十分だった。この事で魔王の脅威をまざまざと見せつけられたのだから…… これ迄様子見を決めていた各国の重鎮達は重い腰を上げざるを得ない状況に追い込まれる。



「ヤバイわね…… これは非常に危険だわ…… 」


 年末だと言うのに、何時も通りに店で紅茶を飲んでいるデイジーが珍しく悲観的になり、その姿をリタは心配そうに見つめていた。


「確かに、こんなに呆気なく国が無くなるなんて信じられませんよね」


「リタちゃん…… 本当にヤバイのはそこじゃないのよ。魔王は長期的な戦争を見越して土地を奪ったのよ? それに、国民がどうなったのか知ってる? 」


「え? えっと…… 沢山殺されたと思うんですけど、逃げた人達もいるんじゃないかな? 」


「それが違うのよ。殺されたのは兵士と王族、一部の冒険者だけで、殆どの国民は殺されずに解放されたの」


 うん、デイジーの言うように俺も堕天使からそう聞かされている。


「それは良かったじゃないですか」


「良かないわよ。これじゃ、帝国はまともに戦争も出来やしないわ。分かる? トルシア王国は他と比べて国土は小さくても、国民全員となるとその数は計り知れない。それが難民となって一気に帝国へ流れ込んでいるの。その受け入れ作業だけでもかなりの時間が奪われるし、保護するのにもお金は掛かるものなのよ」


 それは大変ですねぇ、と実感の込もっていない呑気な感想を言うリタに、デイジーは深く溜め息を吐く。


「しかも情報や噂を聞くに、魔王が意図的にトルシア国民を帝国側に逃がしているようなの。たぶん内側からジワジワと国力を削ごうとしているのね。本当に怖いのは明確な敵ではなくて、無能な味方と言うように、帝国は疲弊し絶望した人々という猛毒を内に孕んでしまったのよ」


 成る程ね。難民を受け入れるのは容易のことではない。場所もお金も時間も掛かる。それが小さくても国民の殆どを面倒みなくてはならない訳で…… これでは攻めに入る暇はない。


「じゃあ…… いっその事、見捨てるなんて―― 」


「―― そんな事出来る訳ないじゃない。もしそうなったら、周囲の国だけじゃなくて、各国からの信用はがた落ちよ。いくら帝国でも世界から孤立してしまうのは望ましくないわ。これが別の国なら他国と協力して難民達を分けるという選択も可能でしょうけど、なまじ養える程の国力があるもんだから厄介よね」


 頭を抱えるデイジーに、事の大きさを理解したのか、リタが不安そうに眉をしかめる。


「そ、そんなに危険な状況なんですか? 」


「そうね…… あの戦争国家が動きを封じられたのよ? この国も、他の国も、もっと危機感を持つべきよ。故郷を失い、希望を無くした者ほど厄介で恐ろしい存在はないわ。あいつら、初めは大人しくても、時間が経って生活が安定してくると急に我が儘になったり、やたらと権利や生活改善なんかを主張してくるから厄介なのよ。挙げ句の果てには故郷を取り返せとか抗議してくる奴も出てくる。ほんと、国と一緒に滅んでくれた方が楽だったと思っちゃう程に鬱陶しくなるわ」


 過去に似たような経験をした事があるのか、デイジーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて親指の爪を噛む仕草をする。


 デイジーが今言っていた事は大袈裟だとは思うが、全てが間違っているとも思えない。


 あれほど啖呵を切っていた黒騎士だけど、こんな結果になってさぞお怒りだろう。そう思うと此方から連絡しづらいな…… でも何が起こったのかを聞かないと、対策も立てられない。


 俺は意を決して黒騎士への連絡を試みる。



 案の定、黒騎士はかなりご立腹な様子だったが、語ってくれた内容はほぼデイジーの予想と似ていた。やはり一番のネックはとんどもない数の難民達の保護のようで、こればかりは武力でどうこう出来る問題ではないと、黒騎士は珍しく困っているようだ。


「敵を殲滅するのは得意なのだがな…… 邪魔だからと言って斬り捨てる訳にもいかぬし、何とも面倒な話だ。魔王め、小賢しい真似をしてくれる」


「黒騎士様も魔王が意図的に難民達を帝国へ逃げるように誘導しているとお考えで? 」


「うぬ、そうだな。帝国へと続く道だけ魔物の姿は見えず、他の国へ逃げようとする者だけが襲われるという情報を受けて、それ以外の考えが出来るか? 」


 なんてあからさまな行動なんだ。そこまで行くと別の目的があるんじゃないかとも思えてくるよ。いや、あの魔王の事だから隠す気がないだけかもしれないが。


「魔王の思惑通りになるのは癪だが、暫く帝国は守りに徹するほかあるまい。こんな屈辱を受けたのは久し振りだ…… 魔王は必ず帝国の勇者候補が仕留めて見せようぞ」


 してやられたのが余程気に入らないのか、黒騎士は五百年前とは違って本腰を入れて魔王を倒そうとしている。


 しかし、これから魔王が奪った国に魔物達が集まっていくのは確実である。くそ、なんて最悪な年末だ。

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