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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【幕間】
555/812

若き神官騎士 リック、不変の忠誠と親愛を

 

 聖教国に属するには神に認められなければならない。その為、洗礼の義というものが各教会で行われ、回復魔法が神によって授けられたなら晴れて教国の一員になれる。


 洗礼の義は老若男女問わず誰でも受けられるが、それまでの行いによって神に仕えるに相応しいかどうかを判断されるので、歳を取る程認められづらくなってしまう。


 回復魔法が授かったなら神官に、加えて浄化魔法も授けられたのなら司祭も夢ではない。


 私も十才の時、教会で洗礼の義を受けて回復魔法と結界魔法を授かった。結界魔法を授かった者は例外無く神官騎士見習いへとなる。そこで長く厳しい鍛練の末、神官騎士へとなれるのだ。


 しかし、私の信仰心と努力が報われ、最低でも十年は掛かるところを五年で神官騎士へとなった。


 それから更に五年、周りの期待に応えようと必死に先輩達へ付いていく日々が続き、遂に特殊任務を任されるまでになる。


 その特殊任務とは、噂にある新たな調停者と共にオークキングの魔王化阻止、或いはこれ以上の強化を妨害する事。


 その任務内容を聞いて心踊らない者はいない。何せ初めて人間の中から選ばれた調停者のお力になれるのだから。彼は我々人類にとって、唯一神と深く繋がりを持つ人間。長きに渡る贖罪の歴史に終止符を打てる者でもあるのだ。


 その者の為ならばこの命なんて惜しくもない。誰もがそんな決意を抱き、オルトン隊長の下へと集う。


「皆、話は聞いているとは思うが、この使命は聖教国だけでなく世界に大きな影響を及ぼすものである! 神の代理者とも呼ばれる調停者と共に、世界の為に戦えるのだ。これ以上の栄誉はない! 命を惜しむような情けない姿を見せてはならない。我々の全てを、彼の調停者に捧げよ!! 」


 ――ウオォォオォォ!!! ――


 隊長を入れて今回集まった四十名が一斉に気合の雄叫びを上げた。


 全員覚悟はとうに出来ている。その高い信仰心と熱量に逆上せてしまいそうだ。





 私達は家族、友人、恋人に別れを告げて各国から出てきている。今回の任務は今までと違い命を失う可能性が極めて高い。中には恋人と口論になった先輩もいた。


 もう二度と会えないかも知れない大切な人を置いて、私達はヴェルーシ公国のウォーゼルという町へ到着する。虫の魔物を警戒しながらこの町の教会で調停者を待つ事数日、遂にその時は訪れた。


 あれは何時もの鍛練の時間。妙に張り切っているエドウィン司祭がエルフと神官の女性、それと冒険者と思わしき者二名と騎士が一名。そして、両袖がだらんと垂れ下がっている少年が一人…… その様子からして彼の両腕が無いのは容易に想像出来た。同時に聖教国の大聖堂と同じ神聖な空気を纏っているのを感じる。


 あぁ、彼がそうなのか…… 頭ではなく心で理解した。それは私だけでなく先輩達も同じだったようで、皆動きを止めて少年から目を離せないでいる。


 エドウィン司祭がオルトン隊長と何かを話し、少年達の下へと連れていく。端から見て分かる程に、少年の前で隊長は酷く緊張していた。あの隊長がだ…… これはもう彼があの調停者で確定したも同然である。



 隊長と少年が話している間、私達は必死に聞き耳を立てる。それによって分かったのは、少年の名前はライルだという事だけ。


 ライル様は調停者であらせられるにも関わらず、オルトン隊長にも礼儀正しく頭を下げてくださる。そのお姿に、私は教皇様と初めてお会いした時の事を思い出した。

 あの時も、教皇様は新人の私なんかに軽くではあるが頭を下げてくださった。畏れ多くてその場で平伏してしまって周りを困らせたのは、今となっては一つの笑い話である。

 二人は何処と無く似ている感じがする。そうか、だから教皇様はライル様を信頼し全力で支持しておられるのだな。



 それからオルトン隊長とライル様達との話し合いが進み、いよいよ出立の日。


 ライル様達が乗っている馬車を厳重に警護しながら、私達はインセクトキングがいる巣穴があるという森へ向かう。それにしても、あの馬車を引く馬のなんて立派なことか…… ここにいるどんな馬よりも大きく逞しい肢体。流石は調停者であるライル様の馬だ。


 町から数時間程度しか離れていない距離にあるその森へ着いた私達は、中へは入らず見渡しの良い外側で野営地とする為動き出す。


 しかし、なんと此処でライル様がその貴重なお力でもって手伝ってくださると言うではないか! なんとも畏れ多くはあるが、ライル様の厚意を無下にするのは神に弓引くも同意。


 私達が木を伐り、ライル様が加工と柵の設置までもしてくれた。


 空中に浮かんだ木が見る見るうちに綺麗な丸太へと加工されていく様子に誰もが感動を感じずにはいられない。あれが、調停者だけが神から特別に授かれる支配スキル…… そのお力の一端が見れて本当に感激だ。



 ライル様のお力添えで手早く野営地を整えた後、私とオルトン隊長を含めた十名の神官騎士が同行して巣穴へと潜って行く。


 そこで私はライル様と初めて言葉を交わす機会を頂いた。この狭い通路のような空間での敵襲を心配なさっておられたので、何があっても必ずお守り致しますと言ったところ


「はい、神官騎士の皆さんの力をお借り致します」


 と、丁寧に返していただいた。そんな私達の会話を聞いていた隊長がライル様に将来有望な若者だと言って貰えたのは嬉しいのだが、気恥ずかしくもある。





 ライル様と共に過ごすこと数日、彼の人となりが少しずつ見えてきた。


 魔力支配という強大な力を授かり調停者として選ばれたにも関わらず、ここにいる誰よりも周りに気を使い、分け隔てなく接してくださる。きっと仲間からも崇拝されるような人物だろうと思っていたがそうでもなく、積極的に戦闘に参加させられていた。

 本来なら守られるべき御方な筈なのに…… 変わった瞳をしたエルフのエレミアさんにそれとなく聞くと、ライル様の日頃の運動不足とサボり癖によって、お腹周りについた余分な贅肉を落とす為なのだとか。


 厳しい指導に文句も言いつつ素直に従い、野営地で冒険者が集まった事により、商人ギルドから出張で来た職員と何やら悪巧みをなさってるようで悪どい笑顔を浮かべていたり、グラコックローチの大群に悲鳴を上げて必死に逃げ惑うライル様。


 想像とは真逆のそんなお姿に、不思議と幻滅はしなかった。それよりも知れば知るほど身近な存在に思え、私達の崇拝は親愛へ、御身を守るという使命は願望へと変わるのにそう時間は掛からなかった。


 神に一番近く、私達とはかけ離れた存在。そんな心象は今は無くなり、ただ彼と共に歩みたいという気持ちだけが残った。


 ライル様の素晴らしさはそれだけではない。一緒に巣穴へと潜った時、御身を守護する為に結界魔法を使ったのだが、自身の魔力が減る傍から新しい魔力が体に流れ込んでくる。まるで無限に涌き出る魔力の泉に浸かっているようだった。あの感覚を一度味わったのなら二度と忘れず虜になってしまうだろう。現に私と先輩達は既にそうなっている。


 その事をライル様にお伝えすると、


「そうなんですか? まるでマヤクみたいですね」


 そう仰られた。はて、マヤク…… ? 魔薬という事か? 確かにライル様の魔力は傷を治し万病に効く薬のようでもある。


 ヤバイな…… これはマズイぞ…… と、ライル様は漸くご自身の力の素晴しさを自覚なさったのか、頻りに何か呟いておられた。








 あぁ…… 危険な任務、命を落とす覚悟はしていた筈なのに、今こうして死を目の前にすると後悔ばかりが頭をよぎる。




 あれから幾多の危機を乗り越え、冒険者達と力を合わせ、インセクトキングの下へと辿り着いた私達は、予想外にもオークキングを討つ為に協力する事となった。


 そして、オークと呼ぶには余りにも異なった姿に変貌したオークキングと、神敵と定めたカーミラの配下であるレオポルドと名乗る骸骨との戦闘が始まった。


 ライル様の魔力収納から出てきた仲間―― アンデットが二名と世界を破滅しかけた化物が混じっているのが若干気になるけど―― と共に此方が優勢で事が進んでいたが、オークキングの魔術によって大きな揺れがこの空洞全体を襲い、地面が裂け始めた。


 激しい揺れに足を取られ、大きく開いた裂け目に私達は為す術もなく落ちていく。


 先輩達の悲鳴が響く中、死を感じ取った私が一番に思った事は…… もっとライル様のお側で力になりたかった。


 まだ出会ったばかり、これからだったのに…… ライル様をお守りしながら、どんな偉業を為すのかこの目で見届けたい。



 神よ。願わくば、生まれ変わってもまたあの方のお力になれるような人生を……



 目を瞑り、来るであろう衝撃に身構えていると、何か大きな力に包まれるのを感じた。


 なんだろう? 何処か懐かしく、まるで母に抱かれているかのような安心感がある。このまま大人しく身を委ねていると、背中に固い感触が伝わったので目を開く。


 先ず目に入ったのは、淡い光を発している幾多の光が星空のように上空で輝いている光景だった。光を発しているのは魔石か? いや、あれは恐らく魔力結晶だ。


 起き上がって周りを確認すれば、先程まで私と同じに地の底へと落ちていた筈のオルトン隊長と先輩達も皆一様に身を見開き、口を開けて茫然としている。


 私にはライル様のように魔力を視認出来はしないが、これ程の濃厚な魔力とマナに満ち溢れる空間に身を置けば、否が応でも感じざるを得ない。ここが、神の御座す世界なのだろうか? それなら私達は死んだのか?



「皆さんが今考えておられる事は大体想像出来ます。ですが此処は神の世界ではありませんし、皆さんはまだ死んではいませんよ」


 立ちすくむ私達に、アグネーゼ司祭の柔らかい声が耳に入る。


 まだ死んでいない? それではここが…… この素晴らしい空間が、ライル様の魔力収納だと言うのか?


 アグネーゼ司祭の説明を聴く内に、やっと今の自分達の状況に頭が追い付いてきたのか、先輩達は生の実感を涙しながら喜ぶ。


「喜ぶのは後だ! まだ何も終わってはいないのだぞ!! 我らを助けた代償に、ライル様は身動き一つ取れなくなってしまわれた。それにまだオークキングは健在だ」


 オルトン隊長の叱咤に私達の興奮は一気に醒め、アグネーゼ司祭の説明通りにライル様の視覚を通じて外を確認するも、オークキングはまだピンピンとしている。


 ギルディエンテ様とクレス達冒険者の三人、それと堕天使と名乗る翼の黒い有翼人とヴァンパイアでも、インセクトキングの魔核を取り込んだオークキングの肉体に傷すら付けることも出来ない。


「隊長! 我々もここから出て戦うべきです! いや、戦わせてください!! 」


「駄目だ!! 今の我々では却って足手まといになるだけだ! 悔しいのはじぶんも同じ…… だが、現状を正しく理解するなら耐えるしかない! 我々に出来る事は、ただ神に祈りを捧げるのみ」


 もう既に私達の結界魔法ではどうにもならない状況だというのか…… 長年祈りを捧げてきたが、こんなにも心苦しい祈りは初めてだ。






 私達の必死な祈りと願いは無情にも届かなかった。


 クレスさんの猛攻で一時は倒せると思わせるまで追い込めたものの、思わぬ邪魔が入りそれは叶わなかった。しかも最悪は更に続き、とうとうオークキングは魔王となってしまう。


 その禍々しい魔力は、この素晴らしい空間にいても伝わってくるようで、私達の心に恐怖を植え付ける。


 魔王になったせいで、人間以外の攻撃では倒せなくなってしまった。それは調停者も例外ではない。それでも妨害は可能なので、ギルディエンテ様とアンネリッテ様のお二人が、逃げる時間を稼いでくれると申し出てくれた。


 そのお陰で無事に野営地まで脱出した私達は、すぐさま魔力収納から出て撤退の準備を始める。


 残ったお二人を心配するライル様の下に、何事も無く平然として戻ってくるギルディエンテ様とアンネリッテ様のお姿を見て、ライル様も安堵したのだったがそれも長くは続かなかった。


 マナフォンという小型の通信魔道具から聞こえる声に何やら慌てた様子を見せ、私達には先に町まで戻るようにと頼んでアンネリッテ様の精霊魔法で何処かに向かってしまわれた。


 残された私達は予定通りに町まで戻り、エドウィン司祭へ報告した後、教会にてライル様がお戻りになるのを待つ。


 翌日、ご自分の足で歩くライル様を見て、もしかしたら一生あのままなのではと心配していたので心底安心した。私達は盾になるという誓いを捧げたので、ライル様と共にインファネースまでついていく予定だ。


 しかし、こんな人数で押し掛けても迷惑だろうと、オルトン隊長はご自身だけライル様の側にいて私達には教会にて常駐するようにと言ってきた。

 勿論、私も先輩達も抗議したのだが結論は変わらず。それでも同じ街に住み、ライル様の家とご家族を近くでお守り出来るのならと無理矢理に納得する。


 その後、インファネースでの生活が安定したのなら、各々残してきた家族や恋人を呼んで共に暮らすらしい。私も此処で家を持つ事が出来たら両親を迎えに行こうかと思っている。


 この先、確実に世界は荒れる。他種族と調停者が集うこの街以上に安全な場所はない。そう思ったからこそ、先輩達も大切な人達をインファネースに呼ぼうとしているのだろう。



 私は決してライル様を裏切らない。それは調停者だから、命を救われたからもあるが、単純にあの御方が好きだからだ。


 遠い存在だと思っていたのに、知るほどに荒が目立ち身近に感じていく。頼もしいのに何処か心配で目が離せない。きっと先輩達も同じ思いを抱いていることだろう。


 此処にいる誰よりも人間らしい調停者に、私は変わらぬ忠誠と親愛を捧げる…… この命、果てるまで。

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