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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【幕間】
554/812

冒険者 ルベルト、人としての道

 

 日がな一日薄暗く、じめじめした空気が漂う路地裏で、その日の食料を求めてゴミを漁る。それが物心ついた頃から続くオレッちの日常。


 両親の顔はもう忘れた。オレッちを拾ってくれた娼館の女性は、両親から捨てられたのではないかと言っていたっす。


 正直、それはどうでも良かった。そんなのよりも、その娼館で働く女性が客に病を移されて死んだ事の方が、オレッちには酷くこたえたっす。


 当時十才。ここまで育ててくれたのに、何も返せなかった。それと同時に大人の庇護を失って、これからどう生活していけば良いのか分からなくなって初めて知ったっす。


 どうやらオレッちには、普通の仕事をする能力が欠如しているようっす。


 あれから色んな店に働かせて貰ったっすけど、何れも上手くいかずに追い出される日々。一度は奴隷にもなってみたものの、やっぱりすぐに奴隷商に突き返されてしまう。


 一人では何も出来ず、またあの裏路地でゴミを漁る生活に戻るしかなかった。


 そんな生活が二年ほど続いて、何時も通りゴミを漁っていたら、ふと涙が溢れる。


 何でだろう? 別に痛くもないのに、目から溢れ出る涙は止まらない。何時しかそれは嗚咽になり、気付くと本格的に泣いていた。



「ちっ…… おい、どうした? どっか痛いのか? 」


 突然声を掛けられて驚いたオレッちは、何も答えられずに目の前の人物をただ見詰める事しか出来ない。


 その人物の頭に髪はなく、こめかみから頬にかけて大きな切り傷があった。お世辞にも善人とは見えない風貌で、野盗と言われた方がしっくりとくる。


「ん? 何だよ、グリム。言いたい事は分かってんだがよ、何だか気になってな」


 その悪者顔の男の横に別の男が立っていた。背が高く、くすんだ金髪で、前髪を後ろへと流しているグリムと呼ばれた人物は、一言も発する気配を見せないまま、じっとオレッちを鋭い目付きで睨むだけ。


 二人並ぶと増々悪党っぽくて恐ろしくなったオレッちは、体を縮こまらせて震えるしかなかった。


 怖い…… 何か気に入らない事をオレッちは、この二人にやってしまった? もしかして、殺される? あぁ、惨めな人生でも、やっぱり死にたくはない。


「ほらグリム。おめぇがそんな怖い顔してっから、ガキが怯えちまってるじゃねぇか」


「――」


「ん? 顔についてはお互い様だ? ハハ! 違いねぇ」


 …… ? 別に機嫌が悪い訳ではないみたいっすね。


「まぁちょうど荷物持ちが欲しいと思ってたところだ。どうだ? 行く当てがないなら俺達と来ねぇか? あぁ、こんな見た目だが俺達は冒険者だ。盗賊の類いじゃねぇよ」


 それがガストールとグリム、二人の兄貴達との出会いだったっす。


 それからオレッちは教会で風魔法を授かった後、兄貴達の荷物持ちとして付いていき、読み書きや戦い方を教わりながら、十五才で冒険者ギルドに登録した。


 これで本当の意味で兄貴達の仲間になれた気がして嬉しかったっす。






 兄貴達と出会って十年。オレッちは二度目の運命の出会いってやつを体験したっす。



「おい、この町から出るぞ。もう護衛依頼は受けた。勝手な事をして悪いとは思ってるが、早く町から離れたくてな」


「別に構わないっすよ。それで、また商人の護衛っすか? 」


「あぁ、本人は行商人と言ってるが、他にも何か隠してるな。まぁそれはどうでもいい、肝心なのは金払いが良いって事だ。それに中々おもしれぇガキだったぜ」


 兄貴が面白いという人物にオレッちも興味が湧いてきたと同時に、少し嫉妬したっす。でも、いざ会ってみたら兄貴が面白いと言っていた意味が何となく分かったっす。


 ライルと名乗る少年には両腕が無く、片目も白く濁っている。それと顔の左半分に火傷のような痕が痛々しく残っていた。しかもそれは事故や誰かに襲われてなった訳じゃなくて、生まれながらにしてというのだから驚きっす。


 そんな体で今まで生きてこれたのが不思議でしょうがなかったっすけど、ライルの旦那はとんでもない力をその身に秘めているのが一緒にいて知ったっす。


 その中の一つが魔力念話という離れていても心で会話できる便利な技で、これを習ったお陰でオレッち達の戦いは格段と楽になったっす。


 しかもライルの旦那はインファネースで店を持ち、他種族や妖精を引き入れて、一気に街を発展させたっすよ。妖精達が街に来るようになって、ガストールの兄貴にパッケという妖精が一人付いてくるようになったっす。


 初めは悪戯ばかりしてよく兄貴に怒られてたけど、その内仕事にもついてくるようになって、気付けば一緒にいるのが当たり前になってたっす。


 新しい仲間と共に、こんな生活が一生続くと思っていた…… でも、やっぱり終わりはどうしたってやって来るっす。






「兄貴!! 」


 魔力念話も忘れて大声で叫ぶ。


 どうしてこうなった? 楽な仕事じゃなかったんすか? リザードマンキングは特級の冒険者が相手をしている筈なのに、なんで此処に?


 あの恐ろしい姿を目の前にして、逃げ出したい気持ちで一杯だったけど、ガストールの兄貴が残るって言ってるんすから、置いて逃げるなんて出来やしないっす。


 あの路地裏からオレッちを拾ってくれた恩を仇で返す程、まだそこまで堕ちてはいないっすよ。


 特級冒険者が来るまでの足止めは思いのほか上手く行っていた。だからあの時、オレッちは一人でもやれると勘違いしたっすね。勝手に一人で向かって、ピンチになって…… 兄貴達の足を引っ張ってしまった。本当に情けない……


 ガストールの兄貴の捨て身とも言えるような攻撃で、リザードマンキングに大怪我を負わせたのは良いけど、兄貴らしくない油断で胸と腹をあの鋭い爪で貫かれたまま、何度もまだ水が完全に引ききっていない地面へと叩きつけられるのを見て、別の意味で怖くなったっす。


 兄貴がいたからこそ、オレッちは人間らしい生活をしてこられたのに、その兄貴を失ってしまったら……


 兄貴の大きく開いた腹から何かピンクがかった物が垂れ下がっているけど、まだ立っているから助かる筈―― いや、絶対に助けるっす! 兄貴はオレッち達に向かって叫ぼうとしているが、声にならないみたいで何も聞こえやしない。でも言いたい事は何となく分かるっす。何年一緒にいると思ってるんすか? だからこそ逃げるなんてしたくないんすよ!!


 死ぬなら兄貴と一緒で…… そんな覚悟で走っていると、一人の男性がいつの間にか兄貴の後ろに立っていたっす。そして労うように肩をそっと叩き、リザードマンキングの前に進み出る。


 大剣と呼ぶには大きすぎる剣を片手で持って悠々と歩く姿に、訳の分からない安心感が沸き上がのを感じ、この人物が噂のオリハルコン級冒険者なのだと理解したっす。


 あんなに手こずっていたのに、たった一撃で首を斬り飛ばしたのは驚いたっすが、倒れたガストールの兄貴が心配でそれどころではなかったっす。


 兄貴の側まで着くと、その絶望的な状態に目の前が暗くなる感覚がオレッちを襲う。


『ルベルト! マナフォンだ!! 確か、あれでライルと連絡が取れる筈だ!! 』


 呆然自失になりかけるオレッちに、グリムの兄貴から魔力念話が送られ気を立て直し、必死になってガストールの兄貴に呼び掛けた。


 ライルの旦那ならきっと兄貴を助けてくれる…… その時のオレッちは何故かそう信じて疑わなかったっす。


 何とか意識が朦朧としているガストールの兄貴にマナフォンを起動して貰って助けを求めると、そこから聞こえてきたのはエレミアの姐御の声だった。焦って言葉がつっかえるオレッちに、ただ事ではないと感じてくれたのか、すぐに来てくれると言ってくれたっす。


「ちょっと! いくら女王様の力でも、そんな早くは来られないわよ! とても間に合うとは思えないわ!! 」


「そんな!? それじゃ、どうしたらいいんすか! 」


 これで助かると思ったのに! 旦那が来てくれるまで兄貴が持ちそうにないなんて……


「これを使ってくれ。この回復薬なら、ある程度は延命出来ると思う」


 え? 焦るオレッち達に、さっきリザードマンキングの首を刎ねたばかりの特級冒険者が回復薬を差し出してきた。


 その回復薬は通常の物とは格段に効果が高いようで、人体に重要な箇所を治す事ができ、これで暫くは持つだろうというグリムの兄貴の見立て通り、旦那達が来るまでガストールの兄貴が死ぬことはなかった。


 ライルの旦那も体が動かないというのに、無理を押して兄貴の体をその場で治し始める。見る見るうちに傷が塞がっていく様子にオレッちとグリムの兄貴が言葉を失い、ただ見ている事しか出来なかったっす。これも兄貴が言っていた旦那が隠している力の一つなのかもと思ったけど、言及なんてする気にはなれなかったっす。


 リザードマンキングに殺されかけたガストールの兄貴をライルの旦那が救ってくれた。それだけで十分っす…… もしあのまま兄貴を失っていたらと思うと、オレッちは生きた心地がしなかったっす。


 でも、目覚めた兄貴の言葉に、オレッちの思考は止まっちまったっす。


「ぼ、冒険者を、辞めるっすか? 」


「あぁ、インファネースに戻って金を受け取ったら、そのまま引退しようかと思ってな」


「な、なに言ってるんすか! ガストールの兄貴がいなくなったら、オレッち達はどうすればいいんっすか! 」


「落ち着け、何もお前らを置いていこうって訳じゃねぇ」


 で、でも…… 冒険者以外の生活なんて、オレッちに分からない。まともに暮らせるとも思えないっすよ。


『お前が納得して決めたのなら、俺はそれでいいと思う』


 グリムの兄貴まで…… じゃあ、オレッちだけ反対したって無駄じゃないっすか。これで、終わりっすか? またゴミを漁る日々に戻るんすか? 兄貴達がいなかったら、オレッちは何も出来ないんすよ。


「そんな泣きそうな顔すんじゃねぇ、ルベルト。お前を一人にはしねぇよ。第一お前だけでまともに暮らせるとは思ってねぇからな。俺に一つ心当たりがある。あそこなら、俺達三人とも雇ってくれるだろう。一緒に来るか? 」


『勿論だ』


「と、当然っすよ! 何処までもついていくっす!! 」


 あぁ…… やっぱり兄貴は俺達を見捨てるつもりはなかったんすね。兄貴達と一緒なら、冒険者じゃなくてもいい。オレッちはもう、一人になりたくはないっす。








「成る程。そういう事なら喜んで貴方方を雇わせて頂きますわ」


「急で悪いな。恩に着るぜ」


 カルカス湿原からインファネースに帰ったオレッち達は、その足で領主の館へ向かい、面会を申し込んだ。けれど領主は既に王都に向かっていて留守だったので、代わりにシャロットの嬢ちゃんが話を聞いてくれたっす。


「いえ、此方も一人でも多く街を守ってくれる方が必要でしたので、ちょうど良かったですわ」


「それは例の魔王と関係があるのか? 」


「えぇ、その通りですわ。近々聖教国から正式に発表されるかと存じますが、魔王の誕生に伴い、魔物との全面戦争が勃発致します。その前に色々と準備致しませんと。そこで、貴方方を雇うのに一つ条件を加えても宜しいですか? 」


「あ? 何だ、条件ってのは? 」


「そう警戒なさらなくても結構ですわ。貴方方には、他の兵士達に魔力念話を教えて頂きたいのです。全員でなくても、使える方が増えればそれだけ兵士達の連係が取りやすくなりますもの」


 確かに、魔力念話は便利っすからね。


「まぁ、別段秘密にしてくれとは言われてねぇし、それだけなら構わねぇが…… そういうのはライル達に頼んだ方が早くねぇか? 」


 うん、ガストールの兄貴が言うように、その方がいいっすよね。オレッち達もライルの旦那達から教わったっす。


「え、えっと、ライルさんは何かとお忙しいみたいですので、お手を煩わしてはどうかと思いまして…… 」


「ん? 何を遠慮してんだ? あんたとライルには何やら深い繋がりあると思ったんだが? 」


「…… だからこそ、余計に頼みづらいのですわ」


 う~ん? 二人の間に何があるのか良く知らないっすけど、親しい間柄なら遠慮しなくてもいいっすのにね。


 とにもかくにも、オレッち達三人ともインファネースで新米兵士として雇って貰えたっす。これもライルの旦那のお陰っすね。旦那と出会ってなければ、領主の娘さんとの接点なんて皆無だったんすから。


 これまでも、そしてこれからも、オレッちには兄貴が必要っす。兄貴達と一緒に未来を歩く、それが唯一オレッちが人として生きられる道。それはこの先も変わる事はないっす。

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