最後の冒険5
『バカ! もうあたしの精霊魔法は切れてるわよ!! 』
『兄貴!! 』
『ガストール! 逃げろ!! 』
は? 気付けば俺の体にリザードマンキングの爪が刺さっていた。こいつ、まだそんな余裕が?
視界が大きく歪み、地面に叩き付けられる衝撃と水の冷たさが何度も襲い、フワリとした感覚と共に澄み渡る青空が眼前に広がる。あぁ、俺は今宙に浮いているんだと思った矢先に、鈍い衝撃が背中から全身へと伝わる。
「ゴプッ!…… 」
俺の口から大量の液体らしきものが吹き出る。たぶん、血だろう。くそったれが…… 何であそこで気を抜いちまったんだか……
「―――― ! 」
誰かが遠くから叫んでいる。よく聴こえねぇよ…… 魔力念話は…… あぁ、魔力が途切れちまったか。これじゃ、あの三人に逃げろとも言えやしねぇ……
俺は鉛のように重くなった体を無理矢理に動かし、起き上がろうと試みる。何とか上半身を起こして自分の体を確認すると、腹や胸に大きな穴が空いてやがった。
マジかよ…… 俺の腹から長い何かが飛び出ている。まさか自分の臓物を自分で見る事になるとはな…… それでも俺は足に力を入れて立ち上がる。右足が折れて変な方向に曲がっているが関係ない。
目の前にリザードマンキング、そしてその後方には此方へ向かって走ってくるグリムとルベルトの姿が見える。
俺の事はいい、お前らは逃げろ!!
そう叫んだつもりだったが、喉からでるのは血と空気が抜けるような音だけ。ちくしょう…… あの二人をこんな所で死なせたくねぇのに…… 頼むから逃げてくれ。
立ち上がった俺を見て、リザードマンキングが止めを刺そうと近寄ってくる。そうだ、それで良い。早く俺を殺せ…… そうすればグリムもルベルトも諦めてこの場を離れるだろう。
意識が朦朧として視界が霞む…… まだだ…… まだ、倒れるんじゃねぇ…… ちゃんと、俺が死ぬところを見せないと、あの二人は諦めねぇからな。
しかし、何を思ったのかリザードマンキングが立ち止まった。
なんだ、どうした? そんな俺の疑問は後ろから掛けられる言葉によって解消される。
「遅くなってすまない。それと、良くここまで持ち堪えてくれた…… 後は任せろ」
俺の肩を叩き、前に出ていく一人の人物に目を奪われる。今の俺では後姿しか見えないが、その手には敵を叩き斬るだけを目的とした飾り気の一つもない無骨で鉄板のような巨大な剣を携えている。
あの声と後姿だけで、とてつもない安心感が俺を包む。この男なら、リザードマンキングを倒せるという確信めいたものが俺の中から沸き上がる。
あぁ…… これが “英雄” と呼ばれる存在か……
安心してしまった為か、それとももう限界だったのか、足に力が入らなくなり両膝が地面につく。もう少し、せめてこの目でリザードマンキングが倒される所を……
男を目の前にしたリザードマンキングが分かりやすい程に怯えていた。やはりあれがヴェルーシ公国側にいたオルハルコン級の冒険者で間違いない。
短い静寂が辺りを包む中、最初に動いたのはリザードマンキングだった。
逃げられないと悟ったのか、真っ直ぐ正面から向かってくるリザードマンキングにオルハルコン級の冒険者である男は、一歩…… そう、たった一歩を踏み出しただけだ。その一歩で下に広がる水を円型に弾き、姿が掻き消える。そして再び姿を現したのは、リザードマンキングの真横だった。
速い…… その勢いのままあの巨大な剣を薙ぎ振るい、一太刀でリザードマンキングの首を斬り落とす。
ハハ…… 俺達があんなに苦戦したってのに、実力差がありすぎて笑えてくるぜ。
でも、リザードマンキングが死ぬところは見届けた。これでグリムもルベルトも、そしてパッケも安全だ……
そう思ったら全身から力が一気に抜けて地面へと倒れる。水の冷たさが火照った体にちょうど良い。
「兄貴! 嘘だ、こんな所で死なないっすよね!? 」
「ちょっと! あたしとの約束はどうすんのよ! このまま死ぬなんて許さないんだからね!! 」
うるせぇな…… もう疲れちまった…… 眠くて仕方ねぇ…… だがら、寝かせろよ……
「――き! ――んなに、連絡を―― マナフォ―― がいだから!! 」
あ? 何言ってんだ? マナフォン? ったく、玩具じゃねぇって言っただろ? 仕方ねぇな…… 今、渡してやっから…… 静かにしてくれ…… 眠れねぇだろ?
「――んな! ――きが! ガス―― にきが!! 」
視界が段々と暗く、音も遠ざかり静かになっていく…… もう痛みも、苦しくもない。やっと…… やっと俺は…… 楽になれる。ここまで、長かったぜ…… なぁ? お前らは、まだ待ってて、くれているか?
視界は完全に闇に染まり、もう目を閉じているのか開いているのかさえ分からない。ルベルトやパッケの声も聞こえず、熱さも、冷たさも、全ての感覚が消えた。これが、死ぬって事なのか?
不思議と恐怖は感じない。まるで母親に抱かれているかのような安心感が俺を包む。
あぁ…… クソみてぇな人生だった。最悪で、後悔してばかりだったが、まぁそれなりに楽しい事もあった。グリム、ルベルト、ついでにパッケも、最後の仲間がお前らで良かった…… ありがとよ。