最後の冒険4
さてと、パッケの精霊魔法による防御には回数制限がある。あまり無駄撃ちはさせたくねぇ。
『お前ら、リザードマンキングの動きを良く見てその行動習癖を見極めて頭に叩き込め! 』
『兄貴!? オレっちの頭の悪さを知ってるっすよね? 無茶言わないで欲しいっすよ! 』
『それでもやるしかねぇんだよ! 出来なければ死ぬだけだ』
『ルベルト、文字通り死ぬ気で頑張れ』
『~~!! 分かったすよ! やれば良いっすよね!! 』
若干ルベルトが自棄気味だが、怖じ気づくより遥かに良い。
「パッケ、お前は上空から俺達を全員を視界に入れて、本当に危険な時だけあの精霊魔法で守ってくれ」
「それは良いけど…… 大丈夫なの? 」
「俺達の目的はリザードマンキングを倒す事じゃなくて、あくまでも足止めだ。出来るだけ長くコイツをここに留めればそれで良い。深入りはするつもりさねぇさ」
「…… ん、そんなら分かった」
パッケが空へと上った所で俺達を警戒していたリザードマンキングが動きを見せる。
奴が狙いを定めたのはグリムだ。あの野郎、俺達の中で誰が一番強いのか分かってやがる。これだから頭ではなくて本能に忠実は奴は下手に勘だけ鋭くて困るぜ。
「後ろががら空きっすよ! 」
そこへ透かさずルベルトが双剣を振るい、魔法で生み出した風の刃をリザードマンキングの背中へと放つ。
傷こそ付ける事は出来なかったが、奴の意識を一瞬グリムから逸らす事は出来た。そのお陰で攻撃が鈍り、グリムは体を横へとずらして躱すのと同時に雷を纏わせた槍を横薙ぎに振るう。
「馬鹿がっ! そんなものが効くか! 」
ついでに放った攻撃などリザードマンキングに効く筈もなく、追撃の手がグリムに迫る。
でもな、俺を忘れて貰っちゃ困るぜ? 身体強化の魔術を乗せたシールドバッシュをリザードマンキングの横っ腹に食らわせる。
「ぐっ、邪魔だ! 」
「グハッ! 」
重い衝撃と共に視界が回り、宙に浮く感覚が俺を襲う。どうやら殴られたようだ。体勢を整えると、俺とリザードマンキングの間にはそれなりの距離が空いていた。ふぅ、軽く小突かれた程度でこの威力かよ。でもグリムの方も何とか奴の間合いから抜けたので良しとしよう。
『平気か? 助かった』
『なに、気にすんな。それにしても、お前が狙われるのは面倒だ。出来るなら俺とルベルトで奴の気を引き、お前の一撃をお見舞いしてやりたいんだがな』
リザードマンキングにまともに効く攻撃が出来るグリムが身動き取れないのは痛いな。
『なら、オレっちとガストールの兄貴を無視出来ないように攻め続ければ良いんっすよ! 』
そう言うルベルトがリザードマンキングへと走り寄り、両手に持つ双剣を降り下ろす。
ちっ! ルベルトめ、勝手な事を…… 俺も急いで後に続き脇腹へ剣を突き立てるが、堅い鱗に遮られ一ミリも刺さらねぇ。やっぱり鱗が剥がれている箇所じゃなければ通らねぇか。
ルベルトの双剣も片手で伏せがれ、反対の手に生えている爪がルベルトを切り裂かんと向かっていくが、パッケの精霊魔法がそれを防ぐ。
『これで後三回だよ! 』
貴重な防御が一回減ったか。俺とルベルトはすぐに距離を取って警戒を緩めない。
『勝手な事をすんじゃねぇ! 死にてぇのか!! 』
『うっ…… すまないっす。でも、オレっち達が積極的に行かないと、グリムの兄貴が攻める隙がないっすよ』
『何度も言ってるが、俺達の目的は時間を稼ぐ事で倒す事じゃねぇ。それは別の奴に任せんだよ―― って危ねぇ! 避けろ!! 』
リザードマンキングがグリムからルベルトへ標的を変え、一気に距離を詰めてきやがった。
「ひぃっ! 」
あまりの迫力に縮こまるルベルトに、リザードマンキングが両手の爪を降り下ろすが、またもやパッケが防いで事なきを得る。
『ちょっと! あと二回よ? あんまり使わせんじゃないわよ! 』
『ルベルト! ビビってねぇで早く離れろ!! 』
俺とグリムがリザードマンキングに仕掛ける。今度は鱗が剥がれている場所を狙ったから効いただろ? その隙にルベルトの首根っこを掴んで強引に後ろへ投げる。
『あ、兄貴…… オ、オレっち…… 足が、竦んじまって…… 』
まったく、世話の掛かる弟だぜ。
『良く聞け、ルベルト。怖いと思うのは恥じゃねぇ。俺だってこんな化け物とやり合うのは怖くて仕方ねぇぜ。でもな、それでも引けねぇ理由が俺にはある。それをお前に強いるつもりはない。だからもう一回言うぞ。逃げても良いんだぜ? 』
リザードマンキングの怒りに染まった眼が俺に向けられるだけで、ブルっちまって足の震えが止まらねえ。正直今すぐにでも逃げ出したい気分だが、それじゃ駄目なんだ。それじゃあ…… あいつらに合わせる顔がねぇんだよ!!
「ウオォォオオォ!! 」
恐怖を吹き飛ばすように叫びながら、がむしゃらに突っ込む俺を見てリザードマンキングはニヤリと口角を上げる。蜥蜴顔なのに器用な事を…… でも奴は今、俺が自棄を起こしていると思っているだろう。
奴の主な攻撃手段はあの鋭い爪だ。しかも初めは必ずと言っても良いくらいの確率で右腕を使う。恐らくそれが奴の利き腕だ。
予想通りリザードマンキングの右腕が上がる。ほら、やっぱりな…… 一撃目は利き腕で上から斜めに降り下ろす、それさえ分かれば良い。
迫るリザードマンキング腕をシールドバッシュで弾く。盾が壊れちまったがしょうがねぇ。そのまま奴の懐まで潜り込んで、鱗が剥がれている腹部に思いっきり剣をぶっ刺す。
「ヌオォッ!? 」
リザードマンキングの間抜けな声がその口から発せられる。へっ、驚いたか? だがこれで終わりじゃねぇぜ!
俺はここで自分の魔法を使う。するとリザードマンキングに突き刺さっている剣先が赤く染まっていく。
俺の火魔法は何も燃やすだけではない。こうやって金属に熱を持たせる事だって出来んだ。この発想に至れたのは、ライルの言葉があったからこそなんだがな。
―― 火魔法って、燃やすだけなんですか? 熱だけを対象に与えるのは可能ですか? ――
火魔法ってだけで火を作り出す事だけを考えていたが、燃やさず熱だけを高めて対象の物体を高温にする。人なら体温が上がって死に至り、金属は溶ける。魔法ってのは特性と想像が合えばどんな事も出来ちまう。
火も光も雷も熱を発するもの、ならその熱だけを高める事だって可能である。
真っ赤に染まる剣身に腹の中を焼かれるリザードマンキングは慌てた様子で俺を引き剥がそうとするが、パッケの精霊魔法が邪魔をして俺の体にすら触れられない。
「おのれぇ! 」
爪を立て、ガリガリと歪んだ空間を引っ掻くリザードマンキングだったが、パッケの精霊魔法が破れる様子はない。
これを機に更に剣の温度を上げていく。普通なら熱さで剣の柄も持てないだろうが、自分の魔法の影響は自分には受けない仕組みになっている。
『うぅ…… なんかするなら早くしてよ! これ維持すんのにも魔力が相当必要なんだから、そんなに持たないわよ!? 』
今俺を守っているこの精霊魔法は、もうそんなに持たないようだ。でもここで止める訳にはいかねぇ…… このまま更に熱し続け、ついに耐えきれなくなった剣身がドロドロに溶けてくる。
「ウ、ウガァァァアァァ!! は、腹がっ! 」
どうだよ? 腹ん中に溶けた金属が流れる感覚はよ?
剣一本おしゃかになったが、余りの熱さと体の内側から焼かれる苦しみで地を転げ回るリザードマンキングが見れたから十分だな。
ざまぁみろ……
そこで気を抜いたのが悪かった。すぐにその場を離れればあんな事にはならなかったのによ…… この詰めの甘さが俺の冒険者としての限界だったのかも知れねぇな。