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帰還の魔道具で野営地へと戻った俺達を、グラン達冒険者が出迎えてくれた。
「ライル君! 無事…… ではなさそうだけど、生きて戻れたんだ。それだけで御の字さ」
エレミアに背負われている俺と重症のクレスを見て、グランは静かに笑った。
「なぁ、インセクトキングはどうなった? それからあれほどいた神官騎士達は? ライル君達と別れてから突然地面は揺れるし、此方はもう大混乱だぜ」
「その話は後だ! 急ぎ、ここを撤退し町へと戻る。冒険者諸君も準備してくれ! 」
「うおっ! あんたら一体何処から湧いて出たんだよ!? 」
魔力収納からオルトンを含めた神官騎士全員が一斉に外へと出て荷物を纏め始める様子に、流石のグランも驚きを隠しきれない。
「おいおい、いきなり帰れって言われてもだな…… 納得のいく説明はして欲しいもんだね」
「…… それもそうだな。ならばライル様に代わり、じぶんが説明しよう」
オルトンは巣穴に侵入してきたオークキングやインセクトキングとの共闘、そしてそのオークキングが魔王になった事などを簡潔に説明した。周りで聞いていた冒険者の誰もが信じられず笑っている中、グランだけは真剣な表情を浮かべいた。
「最悪だな。よりによってこの時代に魔王が生まれるとはね…… 教会はどう出る? 」
「先ずは教皇様へ報告し、事実を確認した後、速やかに全国々へ魔王が誕生した事を公式に宣言する流れになるだろう」
オルトンとグランのやり取りに、それまで冗談だと笑っていた冒険者も、事の深刻さに漸く気づき始めてザワザワとどよめきが起こる。
「で? その魔王は今何処に? 」
「信頼厚き方々によって地下で抑えて頂いている。しかし何時地上へ出るか分からん」
「だからそんなに慌ててる訳か…… 分かった。とにかく此処いるのは危険だって事だな。俺達も急いで町に戻り、来るかも知れない魔王に備えるとしよう」
じゃあ、町でな―― とグランは仲間を引き連れて荷物を纏め戻る準備を始めたのを切っ掛けに、他の冒険者達も行動に移す。
「さ、ライル様。我々も急ぎましょう」
『待ってください。アンネとギルがまだ戻って来てません』
「あのお二方なら問題無いでしょう。それよりここにいては危険です」
いや、でも…… このまま二人を置いていくのに渋っていると、大きく地面が揺れ、周囲から冒険者の叫び声が聞こえる。
「見ろ! 森が…… 森が沈んでいくぞ!? 」
巣穴が完全に崩壊したらしく、森に生えている木々が下へ下へと沈んでいくのが見える。その範囲は広く、森の半分くらいはいってるんじゃないか?
中にいるギルとアンネは本当に大丈夫なのだろうか?
揺れが収まると、それまで半信半疑だった冒険者達の動きが活発になった。魔王の存在を信じたと言うよりかは、目の前の危険から早く逃げようとしているだけだと思うが、森から離れるのならどちらでも良い。
『リリィ、クレスさんの容態はどう? 』
「…… 呼吸は今のところ落ち着いている。…… 体の重要器官は私の魔術で治したけど、外傷痕は完全に消せない」
鎧を脱がし、毛布の上で寝ているクレスの体は、火傷で酷く爛れていた。リリィの魔術でさえもこの痕までは消せないらしい。
「ライル殿…… クレスの身体は元に戻るのだよな? 」
レイシアが涙目になり、縋るような視線を向けてくるので、出来るだけ優しく念話を送る。
『大丈夫ですよ。魔力がある程度回復したら、直ぐに傷ひとつない体に治して見せます』
「そうか、良かった…… 本当に、良かった」
レイシアは安心した笑顔で、優しくクレスの頭を撫でる。
「隊長! 撤退準備、完了致しました! 」
暫くすると、馬を連れた神官騎士達が集まってくる。
「良し! 直ちに町まで戻るぞ! さ、ライル様も魔力収納から馬車を出し、お乗り下さい」
俺は未練がましく、半分以上沈没した森を見る。
アンネ、ギル…… 約束したよな? ちゃんと、戻ってくるんだよな?
「っ!? ライル! あれ!! 」
エレミアが指を指す方に、円い空間の歪みが発生した。あれは、アンネの精霊魔法だ!
「いや~、ほんとあたしって天才ね! 」
「何を言っている。あれは我が思い付いた事ではないか」
「あぁん? それだってあたしがいなきゃ実現出来なかってしょうが!! あたしの精霊魔法、最強! 」
何時もの様子で言い争う二人が出てきて、心底ホッとしたよ。
『アンネ! ギル! 無事で良かった』
「おっ! やっほー、あんたまだ動けないの? 」
「心配するなと言ったではないか。まったく…… 」
俺達を見つけたアンネとギルは何事も無かったみたいに悠然と近付いてくる。はて? 何故そんなに余裕があるのだろうか?
「あの、お二方がお戻りになられたのは大変喜ばしいのですが…… 魔王はどうなったのですか? まだあの地下に? 」
俺もオルトンと同じ疑問を抱いているよ。何で二人はそんなにのんびりとしていられるんだ?
「ふっふ~ん、それはね…… あたしの超絶な精霊魔法で魔王を遠くへ飛ばしてやったのさ!! 」
「羽虫の力で魔王をムウナが封印されていた遺跡へ置いてきたのだ。彼処なら周りに人はいないし、都合が良かったのでな」
「管理しているドワーフはいるけど、殺される事はないから大丈夫だよね! 」
うぉ…… マジか。遺跡を管理しているドワーフの皆さん、本当に申し訳ありません。後でギムルッド王に正式な謝罪をしないと。
何はともあれ、これでかなり時間が稼げる。たしか封印の遺跡の近くに国はない。魔王がどのような行動に出るかは分からないが、それまでに聖教国から魔王の存在を宣言してもらって、防衛体制を国ごとに整えないと。
「カルネラ司教様には私から報告いたします」
アグネーゼはマナフォンを取り出して早速カルネラ司教への報告を始める。
俺も早くインファネースに戻って領主に伝え、防衛に備えて貰わないとならないが、まだ俺は喋る事も出来ないのでマナフォンをレイチェルに渡す。
アグネーゼとレイチェルが各々報告を済まし、ふとあの町で俺達を待っている冒険者がいるのを思い出した。
ソルジャーアントから助けた冒険者達が、素材の配分やら酒を奢るとかで待っていると言っていたな。挨拶も無しにインファネースに戻っては彼等はあの町から出られないかも知れないし、ここは一旦戻るしかないか。
今後の行動を思案していると、エレミアがレイチェルから受け取ったマナフォンの画面を俺に見せてきた。
「ねぇ、ライル。ガストールからみたいだけど…… 」
エレミアの肩越しに確認すると、確かに画面にはガストールの文字が表示されている。きっとリザードマンキング討伐の報告だろうと思い、魔力でマナフォンを操作してスピーカーモードにしたままエレミアに対応を任せる。
しかし、マナフォンから聞こえる声はガストールのものでは無かった。
「旦那! 兄貴が、ガストールの兄貴が!! 」
激しく取り乱しているルベルトの声に、最悪な考えが頭をよぎる。まさか、ガストールが……