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魔王から出た衝撃波で地面へ倒れたゲイリッヒとタブリスは、クレス、リリィ、レイシアを回収して再び飛んで向かってくる。
その間に魔力収納から帰還の魔道具を取り出し、エレミアに渡した。
〈ぬっ!? 魔王よ! 奴等を逃がしてはいけない。ここで確実に仕留めるのだ!! 〉
さっきまで自分が逃げようとしていたくせに、すっかり立場が逆転してしまったな。
〈あ? 俺に命令すんじゃねぇよ〉
〈な、何を言うか…… 私はカーミラ嬢に頼まれてお前の監視をしているのだぞ? 今の私の言葉はカーミラ嬢が発したのと同意。それに従わぬというのなら、反逆の疑いありと見なすことになるが? 〉
〈反逆? ククク…… 言ったよな? 俺はあの雌を利用しているだけだと。見ての通り俺は魔王となった。つまりもうお前らは用済み、後は他の人間と同じようにぶっ殺すだけだぜ! 〉
本性を現したな? 魔王となった今、カーミラ達に従う理由は無くなる。その魔王から殺気を当てられ、レオポルドは恐怖で震え、顎を煩いくらいに打ち鳴らす。
〈き、貴様! 今まで世話してやったのに、恩を仇で返す気か!? これは一刻も早くカーミラ嬢お伝えしなくては!! 〉
レオポルドが肋骨を一本外そうとする。先の召喚魔術のように、あれにも転移魔術が刻まれた魔石ないし魔核が仕込まれているのか。
〈おっと! お家へ帰るのはまだ早いぜ? 〉
〈なっ!? は、離せ! 私をどうする気だ!! 〉
レオポルドが転移魔術を発動しようとしたが、魔王になって更に瞬発力が上がったコボルトキングの下半身で一気に駆け、レオポルドの頭部だけをもぎ取っていった。
身体能力が飛躍的に向上している。素であれなら、身体強化の魔術なんか加わったなら…… 嫌な想像だけが膨らんでいく。
〈わ、分かった! こうしよう。カーミラ嬢には報告しないし、君の邪魔もしない。な、なんなら、協力したっていい。だから命だけは…… 〉
〈生憎、お前のような魔物だか人間だか分からん奴は信用出来ない。それを抜きにしたって、糞の役にも立たない無能はお断りだ〉
魔王は片手でレオポルドの頭部を握り、もう片方の手で頭蓋骨の中にある魔力結晶ごと殴り砕いた。
今度は確実に、疑いようもなくレオポルドは死んだ。その哀れな最期に、敵であったとしても同情の念を禁じ得ない。
〈さてと、鬱陶しい奴も消えた…… 後はあの人間を始末するだけだ〉
ゾクリと背筋が凍るような感覚が襲う。奴が見ているのはゲイリッヒに抱えられているクレスだというのに、此方まで身震いするほどの威圧だ。
『ゲイリッヒ! 早く此方へ!! 』
魔力念話でゲイリッヒを急かすが魔王の動きは速く、あっという間に追い付かれてしまう。
「その人間をよこせ! ヴァンパイア!! 」
魔王の手がクレスに向かって伸ばされる…… しかし、既の所でクレスを掴み損なった。
「悪いがその人間を殺すのは止して貰おうか? 」
ギルが魔王の腕を握り止めている。そこへアンネが空かさず風の精霊魔法で魔王を吹き飛びして、ゲイリッヒとクレスから遠ざける。
「へいへい! あたしもいるよ!! 」
ギルとアンネに邪魔された魔王は不機嫌に鼻を鳴らす。
「おい、俺はもう魔王だ。その俺を妨害するのは世界に反する行為ではないのか? まぁ、どのみち俺達はお互い殺す事は出来ないんだけどな」
「お前はある意味異例とも言える存在。我が多少干渉したとて、彼の方は赦して下さるだろう」
ギルが踏み込み、大剣を魔王に振り下ろす。たけど剣を降り下ろされた本人は微動だにせずその一撃を身に受けた。
ギルの大剣と魔王の体が接触した瞬間、大剣はピタリと止まりそのまま動かない。まるで初めからそんな攻撃は無かったかのように、ただ刃を体へ当ててるだけ。
何度もギルは大剣で魔王を斬ろうとするが、全て体に触れるだけで止まり、相手の身体には一ミリも切り傷は付いていない。
漸くギルの攻めが終わったところに、今度は魔王がインセクトキングの甲殻に覆われた腕でギルの腹を殴るが、先程と同じようにピタリと止まり、殴った音すらも聞こえない。
「はぁ…… 分かってはいたが、これはつまらないな。お互いに傷すらも付けられないとは…… 」
「だが、お前の行動は阻害出来る。ライル達が此処から脱出するまで相手をしてやろう」
「おいこら! あたしを無視すんじゃねぇやい! 」
ギルとアンネが魔王を抑えている間に、タブリスとゲイリッヒが到着し、エレミアが帰還の魔道具を発動させる。
俺達の足下に魔術陣が展開され、円い空間の歪みが発生した。その向こうには神官騎士達と作った野営地が見える。
「早く此処から出るわよ! 」
『待ってくれ! 先ずはクレス達を先に出して俺達は最後にしよう』
怪我人を優先しようと提案する俺に、エレミアは渋々ながら了承し、ゲイリッヒも心配そうにしつつも歪みを通って外へと出る。
『ギル! アンネ! 此方はもう大丈夫だから―― 』
二人も早く脱出をと言いきる前に、限界を迎えた天井が一気に崩れ始めた。
『我の事はいい! 構わず行け!! 』
『おっと、こりゃヤバイね。まぁあたしの精霊魔法で直ぐに戻っから心配御無用! 』
「ライル! これ以上は危険よ。私達も地上へ出るわ! 」
瓦礫に埋まる空洞を背に、俺はエレミアに背負われたまま地上へと脱出した。