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オークキングの堅牢な肉体に穴が空いた事で、その鉄壁の防御は崩れ、ギル達の攻撃を受ける度に亀裂が全身に広がっていく。
それに伴い動きは鈍く、呼吸は一層荒くなり、先程までの自信に満ちた姿はもう見る影もない。
そしてクレスの邪魔をしてくれたレオポルドはというと、ムウナとアンネによって窮地に立たされていた。
召喚魔術で呼び寄せた骸骨達はもう一欠片も残ってはおらず、己の身一つで二人を相手をしなければならない。
アンネが放つ風の精霊魔法による竜巻がレオポルドをバラバラに吹き飛ばす。しかし四方に散った体のパーツはすぐにレオポルドの頭部へと集り元の全身骨格へと形作る。
ならばとムウナが龍の爪で粉々にして触手から生やした口でレオポルドの骨で出来た体を食らおうとするが、細かい粒子の粒となって回避されてしまう。
吹き飛ばしても、粉々にしても駄目。奴を完全に仕留めるには頭部にある魔力結晶を破壊するかない。
〈くぬやろー! 無駄な抵抗は止めて大人しく死んじまえ!! 〉
〈むぅ…… こなになって、たべづらい〉
自身の骨を魔術で自在に操り、頭部を守る壁を作るレオポルドに、アンネとムウナは中々に苦戦を強いられている。魔力がある限りどんなに攻撃を加えても元に戻ってしまう。相手の魔力が無くなるまで攻め続けなければならない。
だがそれも時間の問題だろう。先のムウナとの戦いでレオポルドの魔力は相当消耗している筈。俺達の勝利は間近だ―― そう思い疑わないのは仕方のない事、誰がこの後に起こる最悪を想定できる? 余りにも理不尽な現実が俺達の前に立ちはだかる。
最初にその前兆を感じ取ったのは、アンネとギル、そしてオークキングだった。
〈むっ!? これは…… 〉
〈あっ…… ちょっとヤバイね〉
〈ハハハ! やはり俺は魔王となる事が決まっていたんだ!! 〉
何が起きた? アンネとギルは苦虫を噛み潰したような顔をして、反対にオークキングは歓喜にうち震えている。
『あ~、ライル…… すごく言いにくいんだけどさ、もうあたし達じゃあいつを倒せなくなっちゃったみたい』
うん? それは、どういう意味だ?
『先程、リザードマンキングの命が尽きたのを感じた。つまり、オークキングが魔王となるのが決まってしまった』
はぁ? 嘘だろ…… そんなの信じたくはなかったが、オークキングの内から魔力が新たに生まれるのが視える。
その量は今まで視てきた中で一番大きく、凶悪だった。見た目こそ変わってはいないけど、傷は全部塞がって肉体から滲み出る魔力は、周囲の空間が歪んで見える程に濃厚。しかもまだ増えている途中、これが魔王の魔力……
「ライル! ここは逃げるよ!! 」
俺の側まで急いで飛んできたアンネが、精霊魔法で外との空間を繋ぐ。
〈タブリス、ゲイリッヒ! お前達は急ぎクレス達をライルの下へ運べ!! 〉
ギルの指示でゲイリッヒはクレスを、タブリスはリリィとレイシアを抱えて此方へ飛んでくる。
〈おぉ! これが魔王か!! これなら私達の計画は最早成功したと言っても過言ではない! 〉
まだ魔力が増え続けるオークキングに、レオポルドは興奮し続けている。
『もうギル達ではどうにもならないのか? 』
『無理だ…… 奴はもう魔王となってしまった。世界の理により、魔王は人間でしか倒せないようになっている。我と妖精、エルフ、ドワーフ、人魚、有翼人改め天使では傷どころか全ての攻撃が無効化されてしまう。その逆で魔王もまた我等に危害を加えられないようになるが、奴の支配する魔物は例外だ』
つまり、魔王自体は他種族を傷付ける事はないが、普通の魔物に命じれば殺せるという訳か。
『じゃあ、私もあのオークキングを倒すのはもう無理ってこと? 』
『そうだ。奴を、魔王を倒せるのは人間のみ』
エルフであるエレミアでは、もうオークキングに対抗すら出来ない。奴が完全に魔王となる前にここから離れなければない。でなければ全滅する―― ギルの焦りからその事が窺えた。
〈ウォォオォォォ!!! 〉
オークキングの雄叫びと共に空気が揺れ、周囲に衝撃波が発生し、俺達は吹き飛ばされる。
ぐえっ! エレミアの背負われているので、受け身も取れやしないよ。
体勢を整えたエレミアの背から辺りを確認すると、アンネが作った外へと繋がる空間の歪みは消え、リリィ、レイシア、クレスを抱えて此方へ飛んでいたゲイリッヒとタブリスが地面へと転がっていた。
無事なギル、ムウナ、アンネ、テオドアは、ある一点を見詰めて動かない。
「遂に! 遂に俺は魔王となった!! 全ての魔物は俺にひれ伏し、人間は駆逐される! 世界は俺を選んだのだ!! ヒヒャハハハ!!! 」
大声で狂ったようにオークキング―― いや、魔王の笑い声が響き渡る。
〈おぉ…… なんと強大な魔力…… 魔王よ! その力、カーミラ嬢の為に存分に振るうのです! さぁ、手始めに私達の邪魔をするあの者共を消してしまいましょう! 〉
ヤバイな…… 外へ繋がる空間の歪みも消えてしまったし、あんなのを相手に逃げられるのか?
『ライルよ、我が時間を稼ぐ。その間に用意を整えよ』
『やれやれ…… そんじゃ、あたしもいっちょやるしかないわね! ライル達は帰還の魔道具で此処から離れるのよ。あたし達も直ぐに後を追うからさ! 』
ギルとアンネが魔王の前に出ていく。それって二人を置いて逃げるってこと? そんなの出来る訳ないじゃないか!
『案ずるな。我達に魔王を殺せないように、魔王もまた我達を殺す事は不可能』
『そうそう、あたし達は死なないよ! ここで足止めをして、ライルと一緒に帰るから、そんときはデザートワインとオヤツをよろしくね♪ 』
…… 分かった、信じるよ。だから一緒に地上へ戻ろう。