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額の角を突き出し猛スピードで飛んでくるインセクトキングに、オークキングは真正面からその角を両手で掴むが、インセクトキングの勢いは止まらず、オークキングを押し出しギル達から遠ざけてしまう。
怒りなのかヤケクソなのか知らないけど、余計な事をしてくれたもんだよ。どうして其処でギル達から離れるんだよ。
〈お前から来てくれるとは、そんなに殺されたかったのか? 〉
〈ほざけ! 死ぬのは貴様だ!! 〉
インセクトキングは掴まれている角を振り上げ、オークキングを投げ飛ばすが、何事もなく着地されてしまう。
〈堅さだけが取り柄のお前に俺を殺せるのか? その自信が無いからあいつらと手を組んだんだろ? 〉
オークキングに正論を吐かれたインセクトキングから悔しそうな雰囲気が漂う。どうしたんだ? 何処か焦ってるようにも見えるな。
『インセクトキングは直感力も優れていると聞く。早急に奴を倒さなければならない何かを感じ取ったのだろう』
ギルが魔力念話で自分の見解を伝えてくる。虫の知らせってやつか。
『リザードマンの大規模討伐が始まってもう一週間、そろそろリザードマンキングと直接戦っていてもおかしくはない。ここでインセクトキングを死なせる訳にはいかなくなったよ』
『あぁ、分かっている。我らに任せ、ライルは体を休めるのに専念するが良い』
ギルはタブリスとゲイリッヒを伴ってインセクトキングの下へ走る。オークキングだけは魔王にしてはならない。今回初めて奴を見て、心の底からそう思った。レイチェルは総合的な驚異度ならどちらもそんなに変わらないと予測していたけど、まだインセクトキングが魔王となった方がましなんじゃないか?
〈さて、俺の腕も限界みたいだ。これで終わりにさせてもらうぜ? 〉
ギル達が向かっている間にも、インセクトキングはオークキングの魔術で威力を増幅させた拳を何度も受け、もうフラフラな状態だ。そして何度も殴ったオークキングの拳は、反動で潰れる一歩手前までボロボロになっている。
拳から腕にかけて皹のような皮膚割れが起き、そこから血が吹き出ている右手を振りかぶり、インセクトキングの顔面を強打する。
オークキングの拳を顔に受けたインセクトキングは、端から見たら何もなく平気そうに見えるが、増幅された衝撃が顔を覆うその堅牢な甲殻の内側で暴れ、ついには外へ出ていこうとする。その結果、インセクトキングの両目が内から飛び出し、大量の血が噴出してしまう。
〈グオォォオォォオ!! 〉
〈ハハハハ! 目玉がスポンッて綺麗に取れたな? 苦しいか? 今楽にしてやるぜ! 〉
もうこれ以上は自分の拳がもたないと思ったのか、オークキングは魔術を解いた両腕でインセクトキングの首を絞める。所謂スリーパーホールド、又は裸絞とも呼ばれる形だ。
ギリギリと絞められ、インセクトキングの空いた両目の穴から亀裂が入り、頬から首へと拡がっていく。
『ギル! 急いでくれ!! 』
『分かっている! あと少しだ!! 』
駄目だ、間に合わない! そんな時、オークキングへと伸びる一筋の光が、ギルの目を通して見えた。
クレスだ! 治療の終わったクレスが、一直線にオークキングへと向かい剣を振るう。
だが小癪にも、オークキングはインセクトキングを盾にしてクレスの攻撃を防ぎ、その首を絞めたまま大きく後退する。
〈おっと、危ないところだった〉
〈くっ! インセクトキングを盾にするとは…… 〉
〈卑怯とは言うなよ? こっちは一人なんだぜ? 使えるものは何だって使うのは当然だ〉
動きを完全に読まれているクレスは、もう光魔法による光速移動は通用しないと察したのか、苦々しい表情を浮かべた。
〈人間、よ…… 真に勇者を目指すと、言うのなら…… 私に代わって、この怪物を殺してくれ…… 頼んだ、ぞ〉
もう駄目だと諦めたのか、インセクトキングが人間のクレスに最期の望みを託す。
〈インセクトキング…… 約束するよ。僕は必ずオークキングをこの手で倒してみせる! 〉
力強くハッキリと断言したクレスに、インセクトキングはうっすらと笑みを浮かべた―― 気がした。この時にはもう顔の罅割れは深く広がり、誰が見ても手遅れだと分かる。
〈遺言は済んだか? じゃあな、インセクトキング! お前の力、俺が有効に使ってやるぜ!! 〉
オークキングが上体を反らして一気にインセクトキングの首を締め上げると、グシャッと潰れる音が鳴り、首が引きちぎられる。
余りにも呆気なくインセクトが死んだ…… 何だろう? 複雑な気分だ。本来俺達が倒そうとしていた相手だったのに、少し共闘しただけで情でも芽生えたのか? クレスも俺と同じみたいで、オークキングを鋭く睨み、強く握り締めて微かに震える手からその悔しさが窺える。
インセクトキングの顔を無造作に捨てたオークキングは、首の断面から腕を突き刺し、掌サイズの魔核を取り出すと、丸呑みにしてしまった。
〈きたきたぁ!! これで俺は史上最強の魔王となれる! 〉
歓喜の叫びを上げるオークキングの体が変化を始める。黒く光沢のある皮膚になり、背中にインセクトキングの羽が生え、コボルトキングの毛むくじゃらな下半身も、上から鎧を纏ったかのようにツルツルとしたものに変わっていく。その異常とも言える変身に、誰もが息を飲み動く事が出来なかった。
〈いいぞ、予想以上の体になった〉
体全体にインセクトキングの堅牢な甲殻に身を包んだオークキングが、自分の体を確かめて満足気に笑う。
〈オークキング! 共に戦ったインセクトキングとの約束、そしてレグラス王国での決着をつけさせてもらうぞ!! 〉
〈やれやれ、一人で向かうのは勇気でなく無謀と言うのだぞ? 〉
〈クレス君、オレ達もいるのを忘れずに〉
〈インセクトキングを殺されたこの失態、奴の死をもって拭わせてもらおうか。でなければ我が主に会わせる顔がない〉
高々とオークキングに宣言するクレスの横に、ギル、タブリス、ゲイリッヒが立ち並ぶ。
〈良いだろう、ちょうど新しい体を試してみたいと思っていたところだ。相手をしてやろう〉
クレス達を前に、余裕の態度を崩さないオークキングは悠々と構えた。