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「まったく~、まぁた無茶して、一度にあんだけ魔力を使ったらそりゃ倒れもするわよ! あんたはまだ完全に細胞の変化が済んでないのよ? 」
アンネが呆れた様子で此方へ飛んでくる。何か言い返してやりたいが、口もまともに動かせないので喋ることも出来ない。何とか魔力の操作は可能だから、魔力念話での会話は出来そうだな。
『アンネ、レオポルドはどうなった? 』
見た限りあんな状態で生きているとは思えないが、油断は禁物だ。
「うん? 今ムウナが細かくして食べてる最中だよ。本体ももう胃袋の中なんじゃない? 」
果たしてそうだろうか? 魔力を視ようとしても、骨の欠片全体に魔力が籠ってるから、それに隠れてレオポルド自身の姿も確認出来ないだけかも知れない。
『まだレオポルドが死んだと決まった訳じゃない。あの骨の残骸から目を離さないように頼むよ』
「あいあい、分かったよ。ライルは心配性なんだから~ 」
そこは慎重と言ってもらいたいね。あぁ、それにしても何時になったら体を動かせるんだ? まだオークキングがいるのに、何も出来ないなんて不甲斐ない。
「私がいるから大丈夫よ。安心して体を休めて」
エレミアは動きやすいように俺を背中に担ぎ、魔力収納から取り出したロープで落ちないようにしっかりと固定する。
何だかこれじゃ赤ん坊のようで恥ずかしいんですけど? でもこっちは足の指一つ動かせないから、今はこの羞恥を我慢するしかない。
それより、オークキングの方はどんな状態なのだろうか? 俺は魔力をクレスに伸ばして視覚と聴覚を繋げて様子を見る。
『ライル君? さっきとてつもない魔力を感じたんだけど、平気なのかい? 』
『それが…… 大量の魔力を一度に使用した事で、体が動かなくなってしまいまして。でも、アンネが言うにな一時的なもののようです。それより、そちらは今どんな状況ですか? 』
『そうか、無理せずゆっくり休んでくれと言いたいとこだけど、そうもいかないね。ライル君も魔力を通じて見ていると思うけど、インセクトキングの補助をしている感じかな? またあの魔術を使われたら、この空洞は完全に崩落してしまう。なので魔術を使わせないように、攻めの一択だよ』
確かに、あんなのをもう一発放たれたら俺達はここで生き埋めになってしまうな。だからギル達も攻撃の手を緩めずひたすらにオークキングに向かっている訳か。
〈ここを崩すつもりなのだろうが、そうはいかんぞ! 〉
〈はぁ? そんな事したらお前から魔核を取れねぇだろうが。鬱陶しい奴等を一掃したかっただけだ。まぁ、それは失敗したみたいだな…… 何だよ、あの馬鹿みてぇな魔力はよぉ〉
オークキングも俺の魔力を感じ取ったようで、憎らしげに顔を顰める。
今の所戦いは拮抗している。オークキングは身体強化の魔術を使っているみたいで、動きが一段と俊敏になり、一撃が重い。殴る度に鈍い音が鳴り響くが、インセクトキングの堅牢な体を突破する程でなかった。
そこへ横からギルの大剣が、タブリスの槍が、ゲイリッヒの大鎌が、オークキングへと迫る。
リリィとレイシアの魔法による嫌がらせにも近い妨害行為と、クレスの光魔法での光速移動が徐々にオークキングを追い詰める。
あのアースクエイクという魔術は、強力だが発動までに時間が掛かる。他の魔術も使わせる暇も与えず、休むことなく攻め続ければ、いずれオークキングを仕留められる筈だ。
生憎と今の俺では彼等に魔力を補充することは出来そうもない。もどかしい思いをしながら、この戦いを見守るしかないのか……
魔力収納にいる神官騎士達も皆疲れきっていた。中にはオークキングとの戦いに加わろうと外に出ようとする者もいたが、却って邪魔になるとオルトンに怒鳴られて今は大人しくしている。
助かったと分かった時はあれほど喜んでいた彼等の表情は、今は雲っている。きっと役に立てない自分を恥じているのだろう。その気持ち、分かるよ…… 俺もそうだからね。
今はただ、クレス達の勝利を願うのみ。神官騎士達は魔力収納の中で両膝をつき、手を胸の前で組んでは神に祈りを捧げている。
だが、彼等の祈りは神に届かなかったようだ。
クレス達の攻撃をいなしながら、オークキングの両腕に魔力が集まっていく。
『クレスさん! 奴の腕に魔力が集まっています。充分に注意を!! 』
〈な、なんだ? オークキングの両腕がぼんやりと光りだした…… 〉
〈…… あんな魔術、私はしらない〉
リリィも知らない魔術…… 嫌な予感しかしないな。
〈何をしようとしているかは知らんが、その前に殺してしまえば良いだけだ! 〉
〈同意致します、ギルディエンテ様! 〉
ギルとタブリスがオークキングを挟む形で左右から仕掛ける。しかしコボルトキングの下半身からなる瞬発力で、一気にインセクトキングの真正面へと距離を詰め、うすぼんやりと光っている腕で胴体に突きを放った。
何時もなら平然としているインセクトキングだが、何だが様子がおかしい。オークキングの拳をその身に受けたインセクトキングは少し間を置いて口から夥しい量の血を吐き出した。
どういう事だ? インセクトキングの体には傷一つ付いてはいないのに、何故か深刻なダメージを負っている。
出会ってから初めて片膝を地面についたインセクトキングに、オークキングはニヤリと笑った。