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オークキングとの戦いが気になる所だが、そちらばかり見ている訳にもいかない。レオポルドの作品である骸骨とインセクトキングの配下である魔物を含めた此方の数は大体同じくらい。
そこへオークキングの方から新たな虫の魔物達が加わり、数に関しては有利になった。
辺りに動かなくなった骸骨の残骸と虫達の悲惨な死骸が転がり、正に死屍累々な光景が広がっている。流石のムウナも一時的とはいえ共に戦う仲間は食わないようだ。いや、食べてる余裕がないだけかも。
「ぐぬぬ…… 骨の無い醜い肉の塊め、またしても私の邪魔をするか! 」
どんなに美しい者でも、死んで朽ちれば骨となる。その最終的とも言える姿に狂おしい程の美を感じるレオポルドにとって、肉の塊であるムウナの存在はとても許容できるものではないようで、カチカチと顎を打ち鳴らして不機嫌を表現していた。
「白い骨を持たぬ虫も見るに絶えん! しかし、これではいずれ押し負けてしまうのも事実。こうなったら、オークキングのように私も量より質で勝負するしかないようだ」
数では勝てないと踏んだレオポルドから魔力が溢れ出し、まだ動いている骸骨や床に散らばっている残骸までも包み込む。
『ムウナ、アンネ、テオドア、一旦距離を取るんだ! 何かしてくるぞ! 』
魔力念話で注意を呼び掛け、ムウナ達を下がらせる。すると、すぐに変化は起きた。
「な、なんだ!? 骸骨が皆粉になって崩れていってるぜ! 」
「そんだけじゃなくて、レオポルドの方へ集まってるよ! 」
テオドアとアンネが驚いているように、今まで虫達に翻弄されていた骸骨とその残骸が細かい粒子の粒となり、レオポルドに引き寄せられていき、その姿を徐々に変えていく。
手足は太く大きく、体は隙間なく埋まって頑丈な鎧のように、頭蓋骨も肥大したレオポルドは、今のムウナと同じくらいの大きさまでに変貌した。まるで骨で出来た巨大な鎧を身に纏った感じの見た目だ。
「貴様のような肉しかない醜き存在は許しがたい! よって、全身全霊で排除するのみ! 美しき芸術の為に、消えてしまえ!! 」
レオポルドが多数の骨で強化された拳で、肉塊となったムウナを殴る。
殴られたムウナの体は、水面に小石を投げ入れたような波紋が波打ち、その衝撃の凄まじさが見てとれる。レオポルドがそのまま腕を振り抜くと、あのムウナの巨体が浮かび、後ろへと飛ばされ虫達が潰されていく。
マジかよ…… 肉塊姿のムウナが殴り飛ばされるなんて初めて見た。ただ骨を集めただけじゃあんな威力にはならない。どんだけ強化されてるんだ?
急いで体勢を整えるムウナに、レオポルドの追撃が襲う。
今度は指を伸ばし手刀の形にして真っ直ぐに突いてくる。ムウナはそれを食らおうと口を開け、中に入った所で噛み砕こうと口を閉じるが上手くいかずに、そのまま反対の体から指が生えるまでに貫かれてしまった。
『なっ!? ムウナ! 』
『だいじょぶ、ほね、かたくて、くだけなかったけど、もんだい、ない』
ふぅ、大してダメージがないようで安心したよ。そういえばジパングに行った時、首を落とされても平気で動いていたから、体が貫通した程度ではものともしないのか。
しかし、今のレオポルドは厄介だな。まさかギル以外にムウナとまともにやりあえる者がいようとはね。
『へっ! それも全部魔術で強化しているからだろ? なら俺様が奴の魔力を吸い尽くせば良いだけだぜ!! 』
『うっし! そんじゃ、あたしとエレミアとレイチェルは遠くから掩護するよ! 』
『分かりました、アンネ様』
『とにかくあれの邪魔をすれば良いのね…… ? 』
アンネは精霊魔法で、レイチェルとエレミアは其々の魔法でレオポルドの動きを阻害し、ムウナのサポートに回る。その隙にテオドアが魔力を吸い取ってレオポルドのあの状態を維持出来なくする算段か。
「我等はこのまま結界を維持するぞ! 」
オルトンの指示で、神官騎士達は気を引き締めて結界の維持に専念する。攻撃手段に乏しい彼等では今のレオポルドに効果的なものがない。だが、この結界があるからムウナ達が後ろを気にせずに戦える訳で、その中にいる俺達もまた各々の役割に集中出来る。
ここには役に立たない者などいなく、誰かが一人欠けてはならない。神官騎士やエレミア達に魔力を送りつつ、ムウナとレオポルドの激しい衝突を見詰める。
巨体と巨体がぶつかり合う余波で空気が揺れ、衝撃となって周囲を襲うが、結界の中までは届かない。まぁ、外にいる魔物達には被害が出ているが、そもそも結界の中で大人しくしているものではないので、こればかりはどうしようもない。
懸命に巨大化したレオポルドに挑み、尽く潰されていく魔物達に思う所はあるけど、インセクトキングの指示以外は従ってくれないので救う手だてがないんだよ。
そのインセクトキングはと言うと、クレス達と共闘してオークキングと渡り合っている。
リリィの雷魔術がオークキングの周囲に降り注ぎ行動範囲を狭め、レイシアの土魔法で発現した土壁がオークキングの目からクレスを隠す。そしてクレスは魔法で光を纏い、光速でオークキングを翻弄しつつ、僅かに出来た隙をインセクトキングが鍵爪で切りつける。
〈なかなかやるな、人間。お前なら本当に勇者となれるやも知れん〉
〈お褒めに預かり光栄だね! 〉
うん、クレスとインセクトキングの連携は会ったばかりとは思えないくらいに良く取れている。
〈くそっ! ピカピカ光って鬱陶しい人間だ。だがそんなショボい攻撃じゃ俺は殺せんぞ! 〉
確かに、スピードでは勝っているが、大したダメージは与えられていない。クレス一人だったなら勝ち目は無かっただろう。でもね…… ここにはインセクトキングもいるし、何より肝心な存在がいるのを忘れてないかい?
〈やれやれ、全く面倒極まりない〉
人化しているギルが自身の鱗と爪で作成された大剣をオークキングに振るい、その肉体に目立つ赤線を刻む。
〈ギルディエンテ様、これも世界の秩序を保つ為です。このタブリス、元有翼人としてこの様な戦いができ、光栄の至り! 〉
タブリスが槍の穂先でオークキングを連続で突く。アダマンタイト製の切っ先は容易く肩や太股に沈んでいった。
〈早く片付けて我が主の下へと戻らなければならないので、早々に仕留めさせて貰いますよ? 〉
ゲイリッヒが自分の血で形成された大鎌がオークキングの首を刈り取ろうと振るうが、既の所で避けられ首を浅く斬り付けるだけに終わる。
〈グガァッ!! クソッタレの調停者が! そんなに俺が魔王となるのを恐れるか? 〉
〈何を勘違いしているのか知らんが、我はお前など恐れてはいない。ただお前が魔王となったら、世界にとって不都合であると言う事だけだ〉
苦々しい顔をして睨み付けるオークキングに、ギルは身も凍えるような冷たい目で見返していた。