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「いったい何時まで待てばいいのかしら? 」
「うむ。本当にオークキングが来ているのかも分からんし、第一インセクトキングを信用して良いのか? 」
「…… でも、態々そんな嘘を言って向こうに何の得があるの? 」
「そうね…… あれほどの憤怒が演技とは思えないわ…… オークキングが来ているのは確実よ…… 」
待つことに飽きたのか、女性陣がヒソヒソと話している。確かに俺も嘘とは思えないけど、実際に確認した訳じゃないからな。
『主様、私の子供達を偵察に出しますか? 』
魔力収納からクイーンが提案してくるが大丈夫なのか? ハニービィである彼女達はインセクトキングの支配下に置かれないのだろうか?
『私が主様の中にいる限り、子供達もインセクトキングの影響は受けません』
あ、そうなんだ。もしハニービィ達が支配されたら嫌だから今回は外に出さないようにしてたけど、それなら安心かな。オークキングが来ていると言うのなら、戦う前に調べるのは当然の行為。ハニービィ達を危険に晒す事にはなるが、納得しているようなので何も言えない。
いざ、偵察に出そうとしたら突然地面が揺れる! いや、巣穴全体が振動している? 激しい揺れに思わず膝をついてしまう。
インセクトキングへ目を向けると、この揺れに負けじと激しい怒りの気配を纏っていた。
「これは何事ですか!? 」
「クイーンアントがやられた。もうじき奴が此処へ来る…… 」
マジかよ、これから相手を探ろうとした時にこれだ。なんて心の中で舌打ちをした直後、ものすごい速さで此方へ近付く魔力を二つ捉えた。
何だよこの魔力…… オークだけでなく、オーガやゴブリン、それと初めて視る魔力が一つ、たぶんコボルトのものだろう。それが綯い交ぜになっている。なんて歪な魔力、これがオークキング? もう一つの魔力はレオポルドのものだろう。
「すぐに奴等が来るぞ! 」
インセクトキングがそう叫んだように、此処へ来る迄もう三分とない。俺達は慌てて、先程振り分けたグループに別れて臨戦態勢へと入る。
オークキングと思われる魔力が空洞の入り口に近付くにつれ、異様な気配が漂い、静まりかえった空洞で誰かのゴクリと唾を飲む音と、荒くなった息遣いが嫌に大きく聞こえる。
気付けばあの歪な魔力は速度を落とし、もうそこまで来ていた。そしてそれは堂々と空洞内へと入ってくる。
「おぅおぅ、これまた大層な歓迎ぶりだな。インセクトキング、俺に魔核を渡す用意はできているか? 」
「戯れ事を…… 貴様のような化け物はこの世界にいて良い存在ではない! このキング種の面汚しめ、貴様に魔王となる資格などないと知れ!! 」
自信に溢れた嫌らしい笑みを浮かべる顔はオークだが額に二本の角を生やし、両腕は帝国で見たオーガキングと酷似している。そして下半身は毛むくじゃらで獣のようだ。これは化け物と呼ぶインセクトキングの気持ちは分かる。
「おや? そこにいるのはライル君じゃないか! やはり君達も来ていたのだね? サンドレアではしてやられたよ。お陰でカーミラ嬢から大目玉をくらってしまって、この様さ」
魔力と同じで体もごちゃ混ぜになっているオークキングの横で、眼窩から青い光が浮かんでいるスケルトンが陽気に話し掛けてくる。
こんな見た目だが、彼はアンデッドではなく堕天使達と同じ作られた肉体で、魂は頭部の中にある魔力結晶に納まっている状態である。人間とは呼べないが魔物でもない。
「今度は壁を破壊して逃げるなんて出来ないぞ、レオポルド」
「ハハハ…… ここでまた逃げてしまったら今度こそ信用を無くしてしまうからね、もう後がないんだよ。だから、最初から本気で行かせてもらうよ? 」
レオポルドも今回は腹を括っているみたいだな。それは此方としても好都合だけど、オークキングもいるから心配ではある。
「フンッ! いくら俺に勝てないからと、人間と手を組むとは…… お前こそ魔王に相応しくないんじゃないか? 」
「神を否定する者の傀儡になった貴様に言われたくはない。それに私は人間ではなく、調停者と組んだのだ。世界の秩序を守り、管理する者から処分対象にされた…… それは世界から不必要だと言われるのと同意である。大人しく消えることだな! 」
自分こそが正しいと語尾を強めるインセクトキングに、オークキングは余裕の態度を崩す様子もなく、そのニヤついた表情は消えない。
「傀儡? 違う、俺があの人間の雌を利用しているだけだ。見ろよ、この姿を…… オーガキングの腕力とコボルトキングの瞬発力、ゴブリンキングの繁殖力が備わった俺は正に王の中の王。アンデッドキングの再生力を得られなかったのは残念だが、お前のその堅牢な肉体が手に入れば問題はない。そこに魔王の力が加わり俺は完璧な存在となる。その力をもって世界を蹂躙し尽くしてやる」
オークキングからすれば、カーミラを利用しているつもりらしい。だけどあの女の事だ、そう思わせているだけで何を企んでいるのか……
「そんな事は僕達が許さない! オークキング、ここで決着をつけるぞ! 」
クレスが剣を抜いて切っ先をオークキングへと向ける。
「お前は…… 北の地で他の人間共と俺の邪魔をした奴だな? あの時の屈辱、今でも覚えているぞ。楽に死ねると思うなよ? 」
それまでインセクトキングに余裕の対応をしていたオークキングの顔が怒りに染まり、その身から魔力が溢れ出る。
「ガアァァァアァァッ!!! 」
激しい咆哮と同時にクレスへ突進するオークキング。コボルトキングの下半身から出る速度は凄まじく、瞬き一つする間にはもうクレスの目の前まで迫っていた。
「っ!? 速い! 」
オーガキングの腕で放たれる鋭い突きを剣で防ごうとするクレスだったが、接近されたのに気を取られて防御が遅れてしまった。これではモロにくらってしまう。
誰もがオークキングの拳を受けて吹き飛ぶクレスを想像したが、それは実現しなかった。
「私を無視するとは、舐めた事をしてくれる」
「あぁん? 何邪魔してんだよ、やっぱりお前から殺すか? 」
クレスの前で立ちはだかるインセクトキングが、オークキングの拳を片手で受け止めていた。