60
「ライル、止まったら駄目よ! 周囲の魔力を良く視て敵の動きを予測して! 」
ひぃ、ひぃ…… エレミアの言いたい事は分かるけど、こうもひっきり無しに来られたんじゃ体力も集中力も持たないよ。
冒険者達への協力を取り付けたあの日から四日は経つが、まだまだ巣穴の全貌が見えてこない。まったく、どんだけ広いんだよ。
しかも先へ進む度に戦力が増強されていく敵の防衛に冒険者だけでなく、俺達も思うように進めず二の足を踏んでいる状況だ。
そして、もう何回目か数えるのを止めたから分からないが、何時もの空洞で待ち構えていた魔物達と戦っている最中である。あれから体力作りという名目で俺もこうして前衛にいる訳だが…… 今日はまた一段と激しい。
『ソルジャーアントとシールドアントに加えて、シューターアントにコマンダーアントまでいる…… これは少し分が悪いわね…… 兄様、わたしも出るわ…… 』
『オレも出よう。流石にこれでは長に危険が及んでしまう』
魔力収納からレイチェルとタブリスが参戦を決める。
レイチェルは闇魔法を使い、タブリスは身体強化の魔術で只でさえタフで強固な肉体を強化させ、得意の槍さばきでアリ達に対向する。
堕天使達の肉体はカーミラにより作り出されたもので、その身体能力と自己再生能力の高さは凄まじい。しかし、その肉体の維持と制御に、自分の魂を魔力結晶に封じる必要があった。その為、堕天使達の魂は魔力結晶という壁に阻まれ、この世界と完全に切り離されてしまった影響により授かっていた魔法スキルが消えてしまうという事態に陥る。
だけど、魔法が使えないのなら魔術を使えば良いのでは? という結論に至り、その身にある魔力結晶に幾つかの術式を刻んだ。その内の一つがポピュラーな身体強化の魔術である。
何故かカーミラは彼等に魔術を全く施していなかった。きっと強くなり過ぎてコントロール仕切れなくなるのを恐れたのではないか、と言うのがレイチェルの見解である。
「長から貰った新たな槍と力、とくと味わえ!! 」
空洞の中なのでタブリスの黒い立派な三対六枚の翼はあまり役に立たないけど、持ち前の肉体能力と身体強化でアダマンタイト製の槍を華麗に操り、敵を斬り貫いていく。あんなに振り回して、よく翼に当たらないものだね。
「ライル様、危ない!! 」
そんな焦った声と共に一人の神官騎士が俺の前に飛び出してきては結界を張ったその時、橙色の液体が降り注いでくる。
その液体は全て結界によって防ぐ事が出来たので、俺には一滴も付着しなかった。
「お怪我は御座いませんか? 」
「はい。お蔭様で助かりました」
先程の橙色した液体は、シューターアントの仕業だ。奴等は名前の通り、体内で生成した蟻酸を口から飛ばしてくる。
その蟻酸は岩などの無機物には無害なのだが、有機物をジワジワと溶かす性質を持っていて、肌に付着してしまったら激しい痛みと熱さが襲い、すぐに洗い流さないと骨が見える所まで溶かされてしまうらしい。
そんなのをソルジャーアントとシールドアントに守られながら飛ばしてくるもんだから凶悪だ。
前のようなソルジャーとシールドだけの編成と違って、えらく統率が取れているように思える。これは確実にコマンダーアントの指揮によるものだろう。
周りのアリ達より一回り小さい深緑色した体を持つコマンダーアントが一匹…… そう、たった一匹であれだけの数のアリ達にカチカチと顎を鳴らして指示を送っている。
普通の黒い大きなアリの見た目をしたソルジャーアントが前衛で突貫し、鈍い銀色をしたゴツゴツの甲殻に身を包むシールドアントに守られた真っ赤な体のシューターアントが、その後ろで蟻酸を飛ばす。
本当に軍隊のような動きをしてくるので、とてもやりづらい。
だが、俺もやられっぱなしではないよ。ギルの鱗と爪を加工して作った二つの丸ノコを同時に魔力で操りソルジャーアントを切り裂きながら、別の角度から襲い掛かるソルジャーアントの鋭い顎とシューターアントの蟻酸を、魔力飛行を駆使して躱していく。
とまぁ、最初はそれで良かったんだけど…… これを三十分以上も続ければ、もう俺の体力はヘロヘロですよ。
先に指示を送っているコマンダーアントを仕留めようと、リリィとエレミアが奮闘しているが、群れの中を頻繁に動いているので狙いが定まらない。
神官騎士は降り注ぐ蟻酸の雨から俺達を守るのに手一杯なご様子。クレス、レイシア、タブリス、それから俺も、周囲のソルジャーアントの相手で余裕がない。
ここは魔術や魔法で遠くからコマンダーアントを仕留めて貰わないと非常に困る。
虫の魔物ってのは、総じて数で押してくる戦いをするので本当に面倒だ。横から飛び掛かるソルジャーアントを丸ノコで切り裂き呼吸を整えながら、ジワジワと消耗していく体力に若干の焦りを覚える。
ふぅ…… 数が多くて疲れる事には変わりないけど、グラコックローチに比べればまだ気持ち的には余裕がある。このまま持久戦といこうじゃないか。




