58
例の如くデザートワインの樽を目印にしてアンネの精霊魔法で野営地へと戻った。またなの!? とアンネは予想通り文句を言ってきたが、前と殆ど同じやり取りなので割愛する。
あぁ~…… しんどかった。漸く安心できた俺は、自分のマジックテントの中で大の字になって寝転がる。いや、両腕がないから大の字ではなくて人の字かな?
テントに向かっている時にチラッと見たけど、この野営地を利用する冒険者がまた増えた気がする。まだまだ先は長い、ここは冒険者に頑張ってもらう為に、先程言っていた瞬時に外に出られる魔道具でも作ろうかね。
別にグラコックローチとはもう遭遇したくないから、冒険者を多く巣穴へ入れようなんて考えではないよ?
「お休みのところ失礼します、ライル様」
「オルトンさん、どうしたんですか? 」
「冒険者達から得た情報と食料の搬入口と思わしき穴の調査結果について報告をと思いまして」
まず搬入口だが、冒険者の情報通りにそれは存在した。しかし警備が厳重でそこを突破できても、人一人がやっと入れる程の小さな穴なので、無理して突入したとしても途中で襲われたら何の抵抗も出来ないだろう。
「じゃあ、そこから潜入するのは諦めた方が良いですね」
「はい。もしかしたらインセクトキングへの近道になるかもしれませんが、安全を優先すればそういう結論に達します」
そして冒険者達が野営地の使用料として提供して貰った情報で徐々に新しい道が地図に書き足され、魔物の情報も集まっている。その中にはあのグラコックローチのもあった。何でも森に自生しているとある植物の葉を燃やして出る煙りが、奴等にとって苦手な物質でも含まれているのか、嫌がって近寄ってこないのだと言う。その情報、もう少し早く聞きたかったよ。
オルトンから一通りの報告を聞いた後、俺は女性陣のテントへ向かいリリィに魔道具制作の相談を持ち掛けた。
「…… 成る程。確かに、そんな魔道具があれば冒険者達は帰りの心配がなくなり、前に進める」
「どうかな、作れそう? 」
「…… そんなの転移魔術を魔石や魔核に刻めば簡単に作れる」
転移魔術ってカーミラ達の常套手段であるあの転移魔術だよな? 確か、前に帝国でダールグリフが転移魔術を使い逃げられた時、発動した術式を魔力支配のスキルで読み取ってリリィに教えた覚えはあるが、まだ全部は解読出来ていなかった筈。
「…… 大丈夫、既に解読も理解も出来てる。…… もう転移魔術はカーミラの専売特許ではない」
おぉ! 流石は魔術界の異端児だよ。早速リリィから転移魔術の講義を受けて、魔道具の作成に取り掛かる。とは言っても、そこまで複雑な物ではなく、虫の魔物から取れた魔核に転移魔術の術式を刻むだけの簡単なお仕事だ。
そして仕上げに転移場所を設定すれば完成である。転移魔術では、アンネの精霊魔法のように記憶にある場所なら何処でも行けるというものではない。予め転移する場所を決めておかないと発動しない仕組みになっている。
座標は大雑把から細かく設定が可能なので、今回は大雑把に野営地全体とする。冒険者達に配る予定だから、ピンポイントに設定すると混雑が起きて支障が出る可能性があるからね。
何度かテストを重ねて安全性の確認は怠らない。魔道具を発動すると足下に魔術陣が展開され、目の前の空間が歪んで別の景色が顔を覗かせる。
それを潜れば野営地内の別の場所に移動していた。どうやら広範囲に設定すると移動箇所はランダムになるらしい。先程確認した歪みの大きさと発動時間では、一回に移動できるのは五、六人といったところか。しかし、使用している魔核の品質が悪いのか、一度発動しただけですぐに壊れてしまう。使い捨てになるけど、まぁ仕方ないか。
何はともあれ発動に問題はなく、これで冒険者達に配れる。名前はどうしよう…… シンプルに “帰還の魔道具” でいいか。
ちょうど夕食の準備が出来たようなので、食事の席で完成したばかりの帰還の魔道具を見せて、レイチェルと一緒に考えた作戦を説明する。
「これなら冒険者達も探索がしやすくなって、巣穴へと潜る頻度が上がるよ」
「既に転移魔術を使いこなせるようになっていたとは…… 流石はリリィだ! 」
クレスとレイシアは大袈裟にリリィを褒め称え、当の本人は相変わらず眠たそうな目で無表情を貫いているが、心なしか頬が赤くなっているような気がする。もしかして照れてる?
夕食後、リリィを魔力収納に入れてせっせと魔道具の量産を始める。明日にはこれを冒険者に配らなければならないので急いで作らないと寝る時間が無くなってしまう。
魔核の数は野営地の使用料として、冒険者から貰っている物を使っているので十分に足りているが、何れだけの冒険者がここにいるのか把握しきれていない。使い捨てだからとにかく大量に作くらないと。
『ライル、まかく、ひつようなら、ムウナ、つくるよ? 』
そうか、魔核も魔物の器官であるからムウナの能力で作れるんだったな。
『ありがとう、ムウナ。だけどまだ数は足りてるから大丈夫。もし不足するような事態になったら、その時はお願いするよ』
うぅ…… まだまだ時間が掛かりそう。こりゃ徹夜覚悟で仕上げないと駄目か? 期日に追われる前世の社畜時代を思い出してしまうよ。