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全然数が減ってる気がしないグラコックローチの大群に、いい加減クレス達も疲労の色が見え始める。変わらず元気一杯なのはムウナだけ。
やはり数の暴力は厄介だ。ジワジワと此方の体力を削り、少しずつ追い詰めてくる。
永遠にグラコックローチが湧いてくる気がして焦り出したその時、テオドアから魔力念話での報告があった。
『見つけたぜ、相棒! グラコックローチがウジャウジャいやがる!! 』
見たくはないけど、一応確認の為にテオドアの視覚と共有して様子を窺う。
ひ、ひぇぇえぇぇ! やっぱり見なきゃ良かった。部屋のような空間に大量のグラコックローチが敷き詰められている光景は、まるでGの海のよう。
『よし! それじゃ、さっさと終わらせちまうか! 』
あぁ、こんな悪夢は早く消して忘れてしまいたいよ。
俺はテオドアと繋がっている魔力を通じて力を送っていく。
『きたきたぁ! テメェら纏めて灰にしてやるぜ!! 』
テオドアの魔術により、魔力で構築された体が炎と化し、荒れ狂う火の如くグラコックローチ達を飲み込む。その威力は凄まじく、余波が天井の穴から吹き出す程だ。
部屋のような空間の中を暴れまくるグラコックローチの大群は、一刻も早くその場を離れようと天井の穴から溢れ出てくる。
「ついかの、しょくじ、ようこそ! 」
炎となったテオドアに逐われて此処へ待避したところへ、嬉しそうに待っているムウナと直面するグラコックローチの絶望はどれ程のものだろうか? まぁ考えるだけで同情はしないけどね。
〈ギャハハハ! テメェらがいくら暴れようと、俺様には傷ひとつ負わせられねぇぜ? 〉
うおぉぉ…… 魔力がどんどん取られていく。自分より格下の相手だから、だいぶ調子に乗ってるな。テオドア、遊んでないで早く殲滅してくれないか?
此方はテオドアの炎から逃げてきたグラコックローチの相手でてんてこ舞い。上機嫌で補食しているムウナと、最前線で戦うクレスとレイシア。結界の維持に集中するオルトン達神官騎士に魔術と魔法をこれでもかと撃ちまくるリリィとエレミア達、そして俺の横でガタガタと恐怖で震えているアグネーゼ。もう大混乱で収拾がつかない状況だよ。
辺りに響く咀嚼音と飛び散る体液、グラコックローチの悲痛な叫びは魔法の着弾音で掻き消され、天井に空いた無数の穴からはテオドアの炎が吹き出ている。なにこの地獄絵図は? 絶対後で夢に出てくるやつだよ。
『ふぅ…… 相棒、やっと片づいたぜ? 数ばっかり多くて面倒な奴等だ』
上にいたグラコックローチを纏めて焼却処分したテオドアが魔力収納に戻ってきた頃、此方のグラコックローチの数も減ってどうにか終わりが見えてきた。
そして最後の一匹をムウナが食べて、やっと俺達はこの悪夢から解放されたのだ! この空洞に入ってまだ一時間も経っていないが、随分と長くいたように思える。
「ライル。喜んでいるところ悪いんだけど、この大量の死骸はどうするの? 」
エレミアさんよ。せっかく見ないようにしてたのに、何でそういう事を言っちゃうかな?
「魔核だけでも取っていかれますか? 」
「いえ、あれの中に入っていたなんて思うと、ちょっと魔力収納に入れたくはないですね」
死骸でも魔核でも、回収しちゃったら魔力収納内でも湧いて来そうな気がして、とてもそんな気にはなれない。
「そうですか。何はともあれ、今結界を解きますのでご注意を」
何を注意するんだ? なんて思ったのも束の間、結界が消えた途端になんとも言えない悪臭が鼻奥を刺激する。何だ、この臭い。胸がムカムカして凄く嫌な気分になる。おのれグラコックローチ、死んでもなおこんな嫌がらせをしてくるとは……
しかし、臭いまで防げるなんて結界魔法は実に便利だね。
「ふぅ、流石にあの数相手では、生きた心地がしなかったよ」
「噂には聞いていたがそれ以上の驚異であった! 次から奴等を見つけたら、問答無用で駆除してやる!! 」
悪臭を服や鎧に染み込ませたクレスとレイシアが戻ってきたので、お疲れ様でしたの言葉と共に洗浄の魔道具を贈る。
「ライル! ムウナ、いっぱいたべて、まんぞく!! 」
そ、そうか。うん、それは良かったね。だけどあんまり近寄らないでくれるかな? いや、頭では分かってるんだけど、グラコックローチをあんなにバリバリ食っていたと思うとどうしても腰が引けてしまう。気持ちの整理がつくまでもう少しだけ時間をくれ。
俺達はすぐにこの場を離れ、適当な所で一息つく。はぁ、なんかどっと疲れが出てしまったな。
「どうする? このまま進むか、それとも戻るか」
「クレスさん。申し訳ありませんが、今日はもうこれ以上は進めそうもありません。見てください、アグネーゼさんなんかあれから一言も発せないほど疲労してますよ。かくいう俺も気力がごっそり持っていかれました」
もうグラコックローチの相手は勘弁願いたい。でも、また出てくるんだろうなぁ……
「少し早いですが、戻りましょう。これ以上はライル様のご負担になります」
「不甲斐なくて申し訳ないです」
オルトンが長年培ってきた感覚よりも目先の魔力で判断してしまい、仲間達をあんなおぞましい場所へ連れていく結果になっただけでなく、予定よりも早く戻る事になった。自業自得とはいえ、これはへこむ……。
「ライル、落ち込んでても何も変わらないわよ。それよりもきちんと休んで、明日は今日よりも先へ進めば良いんじゃない? 」
そうだな。気持ちを切り替えて、明日から頑張ろう!
なんかこの台詞だけ聞くと、明日から本気出すと言ってるダメ人間みたいだな。