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時刻は日も沈み始める十八時。秋が近づき段々と日没が早くなってきている。茜色に染まる野営地で、エレミアとアグネーゼとレイシアの三人は夕食の用意をしている頃、俺のテントに訪ねてくる人物がいた。
「よぉ、休んでるところ邪魔するよ。お互い無事で良かったな」
「貴方はあの時の…… その節は魔物の相手をしてくださりありがとうございました」
「いや、礼には及ばない。魔物の素材も手に入って、怪我まで治してもらい、むしろこっちがお礼を言いたいぐらいだ」
森で出会った冒険者のリーダーらしき人物が、空振りにならなくて済んだと笑顔で話す。
「魔物はマーダーマンティスと聞きましたが、どんな素材が売れるのですか? 」
「うん? あんた商人だと聞いたが、マーダーマンティスの買い取り部位も知らないのか? 」
「お恥ずかしながら、インファネースの近くには生息していない魔物でしたので、知識がありません」
へぇ、インファネースからね…… と冒険者は感心したように呟いたがそれ以上の反応は示さなかった。やはり各地を転々としているからか、ヴェルーシ国民のような嫌悪感は出さない。もしかしたら出身国がここではないだけかも知れないが。
「マーダーマンティスの買い取り部位はあの鎌のような大きな四つの腕だ。その切れ味はそのままでも抜群に鋭く、少し加工するだけで良い武器になるし、ナイフとしても人気がある」
詳しく聞けば、マーダーマンティスとは平たく言えば馬鹿デカイカマキリだ。人の倍はあるという体に、鋭い鎌を携えた腕が四本。それを縦横無尽に振り回し、その巨体に似合わず俊敏に動く事から森の殺し屋の異名を持つ魔物らしい。
「あんたから聞いて向かった時は、マーダーマンティスが四匹もいてな、流石の俺達もそんな数を相手にするのは危険だと判断して引き返そうとしたんだが、まるで用が済んだといった感じでバラバラに解散していったんだ。その内の一匹の後をつけて不意討ちを仕掛けたって訳さ。真正面からやり合ってたら、仲間の一人ぐらいは死んでいただろうな。怪我だけですんで俺達は運が良い」
「そんな危険な魔物が四匹も固まっていたんですか? 群れを為す習性でも? 」
「いいや、マーダーマンティスは基本一匹で行動する。こりゃインセクトキングがいるって言う噂は本当かもな」
冒険者達の間ではまだ噂止まりで、存在の確定が出来ていないのか。姿を見たのだって、一市民でしかも遠目で飛んでいる所だと聞いている。それだけでギルドが正式にインセクトキングの出現を発表は出来ない。
「それはそうと、神官騎士から聞いたぜ? この野営地の使用料を取るんだってな? 」
「え? あ、はい。突然の事で申し訳ありませんが、やはり無償というのは…… 」
「あぁ、別に文句があるんじゃない。そっちの方が俺達も気兼ねなく使えるから良い考えだとは思う。そうじゃなくて、その使用料は誰に払えば良いかって事だ。俺達も暫く此処を拠点としたいからな。確か、情報でもいいんだよな? 」
「はい。実はあまり大っぴらには出来ませんが、訳あってあの巣穴を短期間で調査しなくてはならないんです」
「へぇ? 聖教国はインセクトキングの出現を確信できる何かを掴んでるって事か…… なぜギルドに報告ないし協力を要請しないのか分からないが、この様子だと訳ありのようだな」
マーダーマンティスの事といい、この人物は判断力と理解力に長けている。少なくとも俺より遥かに優秀だ。
「今、オルトンさんとクレスさんを呼んできますので少々お待ち頂いても? 」
その冒険者に了承を得た俺は急いでオルトンとクレスの二人をテントへと呼んだ。
「お待たせしました。では、早速お願いします」
彼が提供した情報は実際に潜った事のある上級の冒険者から仕入れたものと、周辺の森に関する事だった。
「では、本当にこの地図に書かれていない入り口があると? 」
「あぁ、神官騎士の隊長さんに嘘は言えないよ。これは偶々森で会った冒険者から聞いたばかりの新鮮な情報だぜ? だが、そこから入ろうとは思わない事だな。地図にある出入り口と違って、やたらと警備が厳重のようだ。暫く様子を窺っていた冒険者の話では、時折餌らしき家畜の成れの果てを入れていたと聞いた」
「だとすると、そこは食料の搬入口という訳なのかな? それなら、直接重要な部屋まで繋がっている可能性はあるね。調べてみる価値はあると思うけど? 」
クレスの言う通り、そこからインセクトキングがいる所までショートカットが出来るかも知れない。
「そいつはどうかな? 人が入れる程の大きさではないらしいぜ? 餌も細切れにされて運ばれていたって話だし、そこから侵入するのは難しいんじゃないか? 」
厳重な警備のうえに人が入れるかどうかの狭い穴か。そうそう都合よくはいかないようだ。それでも、一応此方でも神官騎士を向かわせて調べる事にした。少しでも可能性があるなら放っておく訳にはいかないからね。
「じゃあ、俺は他の奴等にも何か有益な情報があったら報告するよう伝えておくよ」
「すいません、お手数おかけします」
「なに、安全で近い拠点が出来るのなら安いもんだ。何てったって神官騎士達が守る野営地だぜ? 」
確かに、そう考えれば破格の条件ではあるな。
その後、エレミア達の料理の匂いに誘われた冒険者達に売って欲しいと願われ、急遽皆で追加の料理を作る羽目になった。次からは使用料として食材も追加しないとな。