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救助した冒険者達を無事に送り届けた俺達は、ソルジャーアントがいた空洞を抜けてまた暗闇をクレスの魔法で照らしながら通路の先へ進んでいく。
はぁ、ずっと暗い地下にいるとこっちまで暗い気分になってしまうよ。巣穴に入ってまだ二、三時間なのに早くも日の光りが恋しい。
「一旦お戻りになって休みますか? 」
そんな俺の心情を読み取ったアグネーゼが気を使い、非常に魅惑的な提案をしてくる。
「ありがとう、アグネーゼさん。でも、まだ入って数時間しか立ってないからね。こんなんでその都度戻ってたんじゃ、何時までも先に進めないよ」
今は少しでも早くインセクトキングを見つけ出さなければならないからな。何とか今日中には地図に書かれていない所まで進めておきたい。
『フン、この程度の暗闇でだらしがないぞ。我は千年もの間ずっと闇の中にいたが、どうともなかった』
『そりゃ、あんたがおかしいだけでしょ? 繊細なライルと一緒にすんじゃねぇ!! 』
こればっかりはアンネの言う通りではあるな。人間と龍では精神構造も時間の感じ方も違うからね。
「アンネ殿は魔力収納にお戻りになられたので? 何時かじぶんも入ってみたいものです」
「ん? 入りたいのなら何時でも招待しますよ? 」
オルトンなら信用出来そうだし、別に問題はない。それを聞いて、約束ですよ! なんてオルトンのはしゃぐ姿を見て羨ましくなったのか、他の神官騎士達からもお願いされた。
敵地とは思えない程和やかに会話を弾ませていたが、先頭にいるオルトンが異変を感じて立ち止まる。
「どうかしたのですか? 」
「ライル様、微かにですが地面から振動を感じます」
うん? 確かに、言われてみて初めて気付くくらいの小さく細かな揺れが靴を通じて足裏に伝わる。
誰もが見過ごすような小さな変化をよくもまぁ喋りながら捉えられるよな。そんなオルトンに感心していると、徐々に揺れがハッキリと激しくなっていく。それと同時に通路の先の暗闇からこっちに凄い速度で向かってくる魔力が視えた。
「っ!? 何か大きなものが高速で近づいてきています! 」
俺の言葉を聞いたクレスが、魔法で作り出した四つある光球の一つを前方に飛ばす。
「なんだあれは!? 大岩か? 」
光球の光りに照らされた先には、ゴロゴロと大きな丸い物体が通路一杯に転がって来ているのが確認できた。これはあれだ、アドベンチャー映画によくあるお決まりの展開ってやつだ。
こういう場合は来た道に退避するか、どこかの壁の窪みに身を隠してやり過ごしたりするものだけど…… 生憎とそんなものは見当たらず、ここは長い一本道。急いで走って後退したとしても、向こうの方がずっと早いので逃げ切れない。やっぱり映画とは違って逃げ道なんかは用意されてはいないか。
「速やかに結界魔法を展開し、盾を構えろ! 決してライル様には近付けさせるな!! 」
オルトンの号令で前にいた神官騎士二名が横に並び盾を構える。
「うぬ! 横に並べば良いのだな? 」
そこにレイシアも加わり、横一列に並んだ彼等で通路は塞がる。そしてオルトン達が発動させた結界魔法が、大岩らしき物体と俺達との間に現れた。まるで大きなアクリル板のような三枚の結界が、パリンッという甲高い音を出しながら割れていくが、大岩? の勢いをある程度削ぐことができたようだ。
「来るぞ! 各自衝撃に備え、回復魔法で体勢を整えよ! 」
迫りくる大岩に真正面からぶつかる神官騎士達とレイシア。大岩に足を地面に引き摺られつつも必死に止めようと踏ん張る。あれほどの物をまともに受けたのだから、きっと彼等の筋繊維はズタズタになってしまうだろう。
それでも気合いと根性で何とか大岩に受けきった神官騎士達は、即座に回復魔法を自分にかけて、警戒を続ける。
だいぶ近くにきた大岩を良く観察してみれば、それは岩とは言えない程に表面が滑らかで、一定間隔で溝のような線が引かれていた。どう見ても岩ではない。そもそもただの岩だったら魔力が無いので俺には視えなかった筈。だとしたらこれは生き物になるのか?
その時! なんと大岩らしき物体がもぞもぞと動き出した!?
大岩の真ん中から割れるように開き、中には無数に蠢く足、頭には先端が鋭利に尖った触角を揺らし、その黒い眼が俺達に向けられる。
これは、ダンゴムシだ! でっかいダンゴムシが転がってたのか。
「…… あれはポイズンピルバグズ。あの鋭利な触角を相手に突き刺し、先端から毒を流し込む。…… その毒は出血毒といわれている猛毒で、体内に入ればものの十分と経たずに体にある穴という穴から血が吹き出し、出血多量で死亡する。特効薬はあるけど、その場ですぐ服用しないとまず助からない」
あれがポイズンピルバグズ? ダンゴムシだって言うから、もっと小さいのを想像してたよ。毒も思ったより凶悪で、異世界のダンゴムシはメチャクチャ恐ろしいな!?
あの針みたいに尖った触角が危険だから、迂闊には近寄れない。ここはオルトン達とレイシアが攻撃を引き付けている間に、クレスとリリィ、エレミアによる魔術と魔法で遠距離から攻撃した方が安全か?
ん? 何か上の方からも魔力が視えるぞ? 何かが複数天井から近づいてくる!
姿を捉えた時にはもうそれは天井から跳躍して、俺へと飛び込んで来ていた。
くそっ! なにか分からないけど、そんなんじゃ俺はやられないぞ? 飛び掛かってきた何かを防ぐ為、魔力収納から丸ノコを取り出そうとした瞬間、その何かは俺の前に出現した半透明の結界にぶつかり、エレミアの蛇腹剣で突き刺され絶命した。
「ご無事ですか? 」
おぉ! 将来有望だとオルトンに言わせたあの若き神官騎士が、先の宣言通りに結界魔法で守ってくれたみたいだ。有言実行とは実に優秀で頼りになるね。
エレミアの剣で死亡した何かを良く観察する。
小型犬程の大きさで八本足に体の半分程ある腹部、短く小さな体毛がびっしりと生えていて、目は六つ、いや複眼を入れると八つか…… こいつは、蜘蛛だね。