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「これは…… どうなってんだ? なぜ神官騎士がこんなに? 」
突如戦闘に参加した神官騎士とクレス達に驚きを隠せない冒険者六人は、矛先を自分達から変えたソルジャーアントの隙を窺い、退避を始めた。
「大丈夫ですか? 誰か亡くなった方はいますか? 」
「っ!? き、君―― いや、君達は? 」
「僭越ながらあなた方を助けに来ました。怪我をしているようなので回復を」
俺は一緒についてきた神官騎士の一人とアグネーゼに彼等への回復魔法をお願いする。
幸いにも死んだ者はいなかった。しかし、リーダーの男性が右手首を切断される大怪我を負ってしまっている。
「はは…… こんな腕じゃ、もう冒険者として暮らしてはいけない。惨めに生きるより、最後に仲間を逃がす為にこの命を使いたかったのにな」
回復魔法で傷は塞がり血は止まったが、依然として右手は失われたまま。そんな彼に仲間達の渇が入る。
「何言ってんのよ! 何も冒険者に拘る必要はないじゃない」
「そうだぜ。こうして助かって、後は生きて帰るだけだ。そしたら、冒険者以外の生き方を探そう。俺達も手伝うからさ」
あの…… まだソルジャーアントとの戦いは終わってないんですけど? それに言いにくいけどその右手、俺なら治せるんだよね。
「ライル様、ソルジャーアントが数匹此方へと向かって来ています。お早めに」
二人の神官騎士が俺の前で背負っていた盾を構える。
「分かりました。エレミアも頼む」
「えぇ、任せて」
さてと、彼等の安全を確保しないとクレス達が満足に動けないうえに、神官騎士達には他の属性魔法は授かっていないので攻撃の手段が剣だけ。守りに徹底している為、防御は高いのだが攻撃に乏しいのは痛い問題である。
俺とアグネーゼは冒険者達を空洞から通路側へと退避させ、手首の治療へと移る。
彼に俺の魔力を受け入れるように頼み、体の解析して全身の細胞を操り少しずつ手首へと集める。彼は引き締まった肉体をしている為、余分な脂肪があまりなく、筋肉からも細胞を集めたので筋力の低下は免れない。まぁ、手が治るんだからそこはご容赦してもらおう。
徐々に右手が形成されていくを見て、その彼も仲間達も挙って言葉を失いただ凝視するだけしか出来ないようだった。時間にして僅か数分、右手は完璧に元通りになり、とても切断されていたとは思えない程に完治した。
「す、凄い。まさか本当に治るとは…… ありがとう、これで仲間達と一緒に冒険者を続けられる」
「お礼はまだ早いですよ。ここも安全とは言えませんので」
それもそうだな、と冒険者達は各々の武器を持ち一歩前に出る。
「リーダーを治してくれたんだ。あんたには傷一つ付けさせやしねぇぜ」
「そうね。お互いに生きて帰りましょう」
「少し力は入らないが、戦えない程じゃない。右手の礼をしなくちゃな」
他の冒険者三人も士気は十分。病み上りなんだから無茶しないように頼むよ。
「ちっ、思ったより固いわね」
ソルジャーアントの強固な外骨格に刃が弾かれ、エレミアは苛立ちから舌打ちをした。
「おい! そこのエルフのネェちゃん! 目と間接を狙え!! そこが比較的柔らかい。それと奴等の顎には気を付けろよ、俺みたいに切り落とされちまうぞ! 」
加勢した冒険者にアドバイスを貰いつつ奮闘するエレミア達と、盾でソルジャーアントの突進を正面から受け止める神官騎士。
やがてエレミアの雷魔法が炸裂し、後に残るは手足が切り落とされ、雷撃によって焦がされたソルジャーアントの死骸だけ。
此方に来ていた分は片付けたかな? 本隊の方は…… うん、中々苦戦を強いられているようだ。レイシアと神官騎士達でソルジャーアントを抑え、クレスの光魔法とリリィの魔術で攻撃を加えるが、数が多くてちっとも減っている気がしない。
また数匹、クレス達を通り抜けてこっちへ来る。これじゃ埒が明かない。その時、繋がっている魔力からオルトンから念話が来た。
『ライル様。リリィ殿に頼みたい事があるですが、話すのは可能でしょうか? 』
『はい、大丈夫ですよ。リリィとも魔力で繋がっていますので、このまま念話で伝わります』
はて? この状況を打破出来る案でも思い付いたのだろうか? これ以上苦戦するようだったら、魔力収納からムウナを投入するつもりだったけど。
『ライル、アリたべるの、まだ? 』
『もうちょっと待とうな。今オルトンさんが何かするようだからさ』
ソルジャーアントを食べたくてそわそわしているムウナを宥めつつ、様子を見守る。
『リリィ殿、貴殿の火炎魔術でソルジャーアントの群れ全体を包む事は出来ますか? 』
『…… 可能。しかし、こんな所で火炎魔術は危険。私達にも少なからず被害が出てしまう』
『そこは我等に考えがありますので、どうか信じて任せて頂きたい』
おいおい、洞窟のような風通しの悪い地下で大量の火を起こそうってのか? いくら魔術で生み出した炎だから酸素が減ったり二酸化炭素中毒にならないと言っても、熱風による火傷は避けられないぞ。
『…… 了解した。私の持つ最大の火炎魔術を奴等におみまいする。だから魔術が発動するまで守ってほしい』
すかさずオルトンは他の神官騎士に命じて、リリィの周りを固める。
魔力を練り、リリィの足下とソルジャーアントの群れの忠心に赤色の魔術陣が浮かび、アント達の魔術陣から炎が溢れ出て踊り狂うように群れ全体に広がっても止まる気配はない。
ほんとに大丈夫なんだろうな? 事情の知らない冒険者達なんか、この世の終わりみたいな顔してるぞ。
「全騎士達よ! 結界魔法で炎ごと閉じ込めよ!! 」
オルトンの指示で、神官騎士達は一斉に結界魔法を発動させた。半透明の膜が荒れ狂う炎と共にソルジャーアントの群れを包み込む。
おぉ、これが結界魔法か。あれほど感じていた熱が微塵も無くなった。半球状になった膜の中では業火に焼かれ、悶えているソルジャーアントの姿が辛うじて確認できる。
あの固い外骨格では燃え辛いだろうが熱は伝わる。体内の水分は蒸発し、やがて息絶えていく。火で焼かれて死ぬ苦しみは誰よりもよく分かる。だからなのか、もっと楽に殺してやれる方法は無かったのかと、ソルジャーアント達につい同情してしまった。