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思ったより凹凸の少ない巣の内部を、地図を頼りに進んでいく。曲がりくねった道や別れ道を経て、目指すは地図上に幾つも点在する開けた場所。一体なんの部屋かは分からないが、冒険者から聞いた話ではよくここで虫達の待ち伏せに会うのだとか。通路で襲われる事は最初は先ずないらしい。
奥―― この場合、地図に書かれていない空白地帯―― に近付くにつれ攻撃が激しくなっていくと言う。勿論、通路だろうが休憩中だろうが構わず襲ってくると聞いている。
「分からないわね。どうして最初から本気で来ないのかしら? 結局追い返すのだから、その方が手っ取り早いのに」
「そうですね。いったい何の目的があってそんな面倒な事をしているのか、魔物の思考は読めませんね」
そんなエレミアとアグネーゼの会話を聞いていたリリィが持論を唱える。
「…… 恐らく私達を試しているんだと思う。何を? と聞かれれば困るけど、己の存在を誇示するかのような動きに、この巣穴に誘導していると思われる行動。そしてこの如何にも戦場にしか見えない程の広さの空間。…… これらを照らし合わせれば、オークキングを討つためか、特定の誰かを探しているとも取れる」
兎に角、この開けた場所を避けて通っていたら、時間が掛かり過ぎる。話は聞いてるので準備も心構えも十分。時間短縮の為に魔物達が待ち伏せしている場所をあえて通る事にした。
暫く進んでいくと、前方にうっすらとした灯りが見えてくる。この地図によればもうすぐ目的の場所だ。だとすると、あの薄ぼんやりした光の先に魔物達がいるのか?
「ライル様、あの奥から何か争っている音が聞こえます」
警戒して立ち止まったオルトンの言葉に、俺も耳を澄ます。
…… 確かに、金属がぶつかるかのような音に混じって人の声も微かに聞こえるな。
「たぶん先に来ていた冒険者だろうね。獲物の横取りはご法度だけど、様子を窺うだけなら何も問題はない。どうする? 」
なんてクレスは言うけど、顔がもう行く気満々である。ここで別の道を探すのも何だし、俺達は既に戦闘が始まっているらしい場所へと急ぐ。
「これは…… 明るい? 」
これまでクレスの光魔法が無ければ足下さえもまともに見えなかった暗闇が嘘のように、この広い空洞の壁や天井が微かに光り、全体を照らしていた。
『あれは灯苔という植物よ…… 周囲のマナに反応して発光すると言われているわ…… でも、こんな地下に自然と生えるのはおかしい。きっと魔物達が持ってきて植えたんだと思う…… 』
灯りを確保するために外から持ってきたと言うのか。
「見ろ! 大量のソルジャーアントと冒険者が戦っているぞ! むぅ…… どうやら冒険者側の方が不利なようだ」
レイシアが指差す方に、六名の冒険者とソルジャーアントと呼ばれる全長が二メートル近くはある大きな蟻の集団とが争っていた。
冒険者の辺りには、ソルジャーアントの死骸が多数転がっているが、数に押し負けているようで今は劣勢になりつつある。しかも良く見れば、怪我をした仲間を庇うように前に出ている男性の右手首より先が無くなり、耐えず血がしたたり落ちている。
これはヤバイな。彼等がやられるのは時間の問題なのは一目瞭然だ。
「クレス、私は行くぞ! 目の前で救えそうな者達を見過ごす訳にはいかぬ!! 」
「当然だね。リリィは魔術で援護してくれ」
「…… 了解」
この状況で真っ先に動いたのがクレス達三人だった。まるで迷うことなく助けに入る姿は、彼が目指す勇者そのもの。
駆け出していくクレス達を、何とも言えない目でオルトンは見詰めたまま動こうとしない。
「意外ですね。オルトンさんならクレスさん達と一緒に行くのかと思っていましたが」
「我々は許可の無い戦闘は固く禁じられております。それに今はライル様の護衛が第一ですので、ここで責務を放棄する訳にはまいりません。我々の教義は人間を守るでも、魔物を守るでもなく、世界の秩序を守る事。そこにどれだけの犠牲があろうとも、勝手な行動は控えなければなりません」
へぇ、教義に忠実な態度を頑なに取ろうとしているけど…… その握り締めて震えている手は隠そうよ? 自分だってあの冒険者達を助けたくてしょうがないのに、無理しちゃってさ。
「許可とはこの場合誰が下す事が出来るのですか? 」
「それは…… 今の我々が従うのはライル様のみです」
オルトンと他の神官騎士達も揃って俺を真っ直ぐに見詰めてくる。うん、分かったよ。彼等がそれを望むのなら、その期待に応えるしかないよね。
「神官騎士達に戦闘の許可を与えます。俺の事は気にせず、あの冒険者達を助けましょう! 」
「ライルのご命令、我等一同しかと承りました! …… いいかお前達! レイシア殿達に出遅れてしまった分、気合いを入れろ!! 」
オォォォー!! 空洞の中に神官騎士達の雄叫びが響き渡る。その声にソルジャーアント達は冒険者達から視線を外して此方に向けた。
八名の神官騎士とクレス達が向かってきているのに気付いたソルジャーアント達は、標的を冒険者から変更して迎え撃つ体勢へと移る。
「私達はどうするの? 」
「勿論、助けに行くさ。アグネーゼさん、すみません。態々危険に飛び込むような真似をして」
「いえ、ライル様のお望みのままに」
俺達も護衛の為に残った二人の神官騎士を連れ立って、状況が飲み込めずに唖然としている冒険者達へと向かって走り出した。