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パン屋の店主と約束したので、商工ギルドへ食料を売りに訪れ、受付の人に用件を伝えて別室で担当者と商談を始めた。
「本当に助かります。これだけの小麦と米があれば暫くは町の人達が飢える事はないでしょう。それに米を使ったレシピまで頂けるとは、ありがとうございます」
「いえ、困っ時はお互い様ですので、お気に為さらずに」
俺は魔力収納からギルドが買い取れる額ギリギリまでの小麦、米、各種野菜に醤油や味噌等の調味料、あとは幾分かのお酒を卸した。
最初は怪訝な感じだった担当者も、次々と出てくる食料に目を丸くし、明らかに空間収納ではありえない程の量なのに気にも止めずに喜びを露にした。
「流石はインファネースの商人ですね。まさかこれ程とは…… ジパングの方々も貿易を始めたのも分かります」
いくらギルドだからといって公国内でその発言は少々危険なのでは? そんな思いが顔に出ていたのか、担当者は困ったように小さく笑う。
「頑なに因縁をつけようしているのはお偉いさん方だけですよ。農民や一般の市民達はそんな言う程リラグンド王国を憎んではいませんが、子供の頃からそう聞かされて育ってきてますからね。どうしても先に悪い話が頭に浮かんでしまうものなんです。彼等でさえそれなんですから、幼い頃から教育されてきた貴族なんかは本当に酷いものですよ」
へぇ、教育の中でリラグンド王国は悪者だと刷り込んでいるのか。
「何故そうも王国を目の敵にするのですか? 」
「さぁ? 何分私も他国の人間ですから、詳しいことは分かりません。ですがこの国に派遣されて感じたのは、貴族や騎士といった方々の執拗な王国への嫌悪感は最早病的だと言わざるを得ません。どうかお気を付けて、あまり不必要に王国の名前は出さない方が良いですよ」
ありがたい忠告をしてくれた担当者にお礼を言って商工ギルドを後にする。
まったく、過去にヴェルーシ公国とリラグンド王国との間で何があったのか知らないけど、こっちとしてはいい迷惑だよ。
「魔力支配の力の一端が見れて感激です! どうか、神から授かった偉大なるそのお力で、世界を正しく御導き下さい」
ギルドから出ると、興奮したオルトンが声を荒らげる。どうやら魔力収納から食料等を取り出すのを見て感動したらしい。こんなんでいちいちはしゃいでいたら、この先大変だぞ?
「いえ、導くだなんて…… 俺はそんな高尚な人物ではありませんよ。皆さんと同じ様に、力を貰っただけの人間でしかありません」
訳も説明されずにこの世界に生まれ変わって、状況に流されて生きて来たようなもんだからな。指導者、ましてや教祖なんてなる気は更々ない。
「そうですか…… ライル様がそう望まれるのでしたら、我等はそれに従います。ですがライル様を祭り上げ、聖教国に囲おうとする者がいないとも限りません。それほどまでに貴方様の存在は我等にとっては大きいのです」
自覚を持てって事だな? 自分が特別だなんて思わないけど、周りもそうとは捉えない。特に教会の人達は…… 。教皇様やカルネラ司教は良き理解者ではあるが完璧な統治者ではない。聖教国の中でも派閥のようなものがあり、俺の力を利用しようと企んでくる可能性があると、オルトンは示唆してくる。教会も一枚岩ではないようだ。
日も暮れてきたので、今日はここまでにして教会に戻るか。
教会の中でオルトンと別れ、宛がわれた部屋に戻ると、エドウィン司祭との話を済ませたアグネーゼが待っていた。
「お帰りなさいませ、ライル様、エレミアさん。町の様子はどうでしたか? 」
アグネーゼに住民達が魔物を警戒して不必要に外にでない事や、店の店主達と商工ギルドで聞いた事、そして魔物達の不可解な行動についてのレイチェルの見解を話した。
「そうですか…… 事態は思ったより深刻のようですね。虫の魔物の行動については私も疑問に思い、エドウィン司祭に町の被害状況や襲われて怪我を負った者達がどれだけいたかを聞いたのですが、被害はまったくと言っていい程何もないそうです。魔物に襲われた住民もいなく、私もおかしいと思っていたところです。レイチェルさんの言うように誘導だとしたら、いったい誰を? 」
「そこが分からないんだ。もし人間を巣へと誘導しているのなら、その目的はなんだろう? 態々巣に誘い込まなくても、村や町を強襲した方がずっと効率的な筈。なのに被害と言ったら畑や農場が荒らされるだけだ」
「なんだか自分達の存在を誇示しているように見えるわね」
「それは誰に、なんですか? 」
「分からないけど、何となくそう感じただけよ」
誇示している、ね。それによって誰が巣にやって来る? 冒険者以外だと――
『―― オークキング…… 実質今一番魔王に近いオークキングを倒す事で、インセクトキングが魔王となる可能性がぐんと上がる…… 』
オークキングがインセクトキングを狙っていると考えてきたが、その逆もまた然り。だとすると、オークキングを倒す算段が向こうにはあるって事か?
こりゃ下手したら巣の中で乱戦となるな。そうなる前にインセクトキングを倒したいところだけど、今までのを鑑みるとそう上手く行くとは思えない。ここは最悪を想定して神官騎士達と対策を練る必要がある。
「先ずはクレスさん達の報告を聞いてから対策を練りましょう。冒険者達なら巣の内部を知っている者がいるかも知れません」
そうだな。巣の広さ、内部構造、虫の魔物の種類等々、何はさておき情報を集めてからだ。