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リザードマンの強襲から三日。湿原を避けて大きく迂回し、どうにかヴェルーシ公国の国境にある検問所に辿り着く。
その間にも二回程リザードマンに襲われたが、クレス達とエレミアの活躍により難なく撃退する。しかし、最初の時とは反対で湿原がある方角から来ていた。
リリィとレイチェルの見解では武器などを調達する為に馬車を襲っているのでは? との事。成る程、そうやって人間から奪った武具で戦力を固めている訳か。
今回の大規模討伐はヴェルーシ公国側とリラグンド王国側からカルカス湿原を挟む形で行われる。だが、公国と王国の関係もあり、国同士での協力体制は敷いていないらしい。なので討伐を開始する時期も合わせられない状況であり、そんなんでリザードマンキングを倒せるのか些か不安だ。
国境の検問所という事で、リリィも魔力収納から出て馬に乗っている。レイチェルに関しては魔力収納に入ったまま。ヴェルーシ公国で良い感情を持たれていないリラグンド王国の貴族、しかも伯爵の娘が招待も無しに国境を超えたとなれば、下手すれば国際問題になりかねない。そんな訳で公国内では何処に目があるのか分からないので出来るだけ魔力収納にいて貰う事になった。
『初めての他国なのに…… つまらないわ…… 』
なんてレイチェルは愚痴っていたが、状況を正しく理解しているようで、今は大人しくしている。
検問所の前には入国審査待ちの列が出来ているが、長蛇という程ではない。これならそんなに時間は掛からなそうだな。
「リザードマンの影響か、何時もより人が少ないね。みんな遠出を控えているのかな? 」
馬に乗っているクレスが、開けた窓から話し掛けてくる。
「やっぱりこれは少ない方なんですね」
「あぁ、それによく見れば商人の馬車ばかり。あの乗り合い馬車なんか一般客より冒険者の方が多いよ」
まぁ、これから戦場となる所に近付く奴は冒険者か商人ぐらいなものか。
そうやってクレスと他愛ない話をしながら待つこと一時間弱。列は進んでいき俺達の番となった。
先ずクレス達が冒険者のギルドカードを門兵に見せるが特別嫌悪している感じはない。良かった、流石に仕事で私情を挟むような事はしないよな。
少し安堵しながら俺も商工ギルドのカードを見せたのだが、それを見た門兵の顔が一気に曇る。
「インファネースからだと? 悪いが荷物を改めさせて貰うぞ」
まじかよ。さっきまで結構ゆるゆるだったのに、俺がインファネースで店を開いている商人だと分かった途端に態度を変えて来やがった。冒険者と商人とでこれ程の差が出てくるのか。
この馬車には右側面にある扉の他に、荷物の積み降ろしをする為に観音開きの扉が後ろに付いている。その扉を門兵が開けると外見以上の広さに言葉を失い驚いていた。
「おいおい、もしかして馬車に空間魔術を? 王国にはこんな技術が一般的に使われているのか? …… う~ん、見たところあやしい物は積んでないようだが…… 」
二人掛りで馬車をくまなく探る門兵にエレミアは段々と苛立ちを募らせ、我慢出来ずに口を開いた。
「ねぇ、もう良いでしょ? 早く先に進みたいんだけど? 」
「あ、あぁ。いいか、くれぐれも国内で問題を起こすんじゃないぞ? 」
ふぅ、やっと通れたよ。エルフであるエレミアと司祭の位を持つアグネーゼがいなかったらもっと理不尽な取り調べが行われていただろうとクレスは言う。通行税も何かそれらしい理由をつけられて多目に取られたし、これは思ったより大変だな。
とにかく、国境を抜けてヴェルーシ公国には入れた。ここから問題のインセクトキングの巣がある森へ行く訳だが、領主達はレイチェルの事をちゃんと誤魔化してくれているだろうか? カーミラの事もあるので、今回は色々と時間に追われる旅になりそうだ。
「まったく、何よあの兵士。私の事をジロジロと気持ちの悪い目で見てきて不快だったわ」
「エルフが珍しかったのでは? それでなくてもエレミアさんは美人ですから」
「アグネーゼだって変な目で見られてたじゃない? 特に胸の辺り。なのに良く平然としてられるわね」
ほぅ? まぁ俺も男だから? その門兵の気持ちも分からなくはないけど。そういう目線って女性にしてみれば隠しているつもりでもバレバレらしい。
「仕方ありません。男性というのはそういうものですから…… ライル様でさえもたまに見てますよ? 」
「へぇ? 私のには目もくれないのに? 」
「っ!? グォホッ! ォホッ! 」
あ~、いきなりだったから、びっくりして咽せしまったよ。なんて事を言ってくれるんだアグネーゼさんよ。それは分かってても黙ってるもんじゃないんですかね?
うわっ、エレミアがものっ凄く睨んでくるんですけど!?
「あ、あのですね、エレミアさん? これは男の性と言いますか…… いやらしい思いとかではなく、無意識かつ条件反射的なものでしてね? 決して他意は御座いませんのですよ? 」
『ライル、ことば、おかしい。へんなもの、くったか? 』
『分かるぜ、相棒。無いよりあった方が見がいがあるってもんだぜ』
『あたし知ってる。こういうときは、ギルティ! って言えば良いのよね? 』
うおぉ…… 違うんだ。本当にそういうつもりはないんだよぉ。
「別に良いけど、あんな脂肪の塊をつけてたんじゃ肩が凝るだけよ。それなら小さくて動きやすい方が充分にライルを守れるわ。それに私だってライルに見られていない訳じゃないし、たまにお尻とかに視線を感じる時があるわ」
あっ、それは紛うことなく俺の性癖です。すいません。