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これからヴェルーシ公国に向かう訳だが、リザードマンキングや水で溢れていなければ、カルカス湿原を進んで行くのが一番近い。
しかし今回は馬車で進むのも難しいうえにリザードマンがウヨウヨしている。こんな状況ではとてもカルカス湿原を進むのは危険なので、多少遠回りにはなるが迂回するしかない。
俺達は湿原を出てから馬車とルーサを魔力収納から外へ出し、馭者台に乗ったゲイリッヒにより馬車は公国の国境検問所へ向けて走り出す。
クレスとレイシアは自分が乗ってきた馬に跨がり、馬車と共に並走しているが、リリィだけは自分の馬と一緒に魔力収納の中にいる。
『……ふぅ、やっぱりここは落ち着く。集中して研究に励める』
後からクレスに聞いたんだけど、あの駐屯地にいた時に何やら新しい魔術の着想を得たので、術式を組んでみたいとうずうずしていたらしい。
『へぇ…… 魔術ってそうやって作っていくのね? この紙に書いているのが術式なの? 文字の円中にある魔術言語がまるで模様の様になっていて、とても綺麗だわ…… 』
『…… 分かる? 術式は効率的な魔術言語の配置によって、威力、魔力消費、持続性や操作性が格段に上がるの。……それを意識して組めば自ずと綺麗に整った術式になる』
すっかりリリィの研究室へとなってしまった地下の一室で、レイチェルが興味深く見学していても邪魔な素振りも見せず、それどころか丁寧に解説までしている。代わりにレイチェルは自身が使える闇魔法をリリィに見せていた。
なんでも、闇魔法が使える者は少なく、どんな事が出来るのか実際に確認して魔術で再現する為の良い参考になるらしい。レイチェルは魔術について勉強出来るし、リリィは稀少な闇魔術の研究が出来る。正に相互利益な関係とも言えるな。
カルカス湿原を大きく右回りに迂回する形で馬車を進めていき、何事もなく夜を迎えた。
魔獣や魔物と一切出くわさなかったのを疑問に思っていたら、クレスが夜営の準備をしながらも自分の見解を述べる。
「この道は湿原と近いからね。きっと集まってくるリザードマン達を警戒して近寄らないんじゃないかな? 」
「成る程、でもそれだと俺達がリザードマンと遭遇する確率が高いのでは? 」
「なに、遭遇したのなら倒してしまえば良いだけだ! 湿原に向かうリザードマンを減らせて都合が良いではないか! 」
外で調理をするエレミアの補助をしていたレイシアが誇らしげに言いきる。
「レイシア、手が止まってるわよ」
「む? すまない」
エレミアに注意されて調理に集中するレイシア。っというか、ガチガチのフル装備で動きづらくない?
「うん、やっぱりエレミアの料理は美味しいよ。また腕を上げたようだね」
「そ、どうも」
素っ気ない態度のエレミアに、クレスも思わず苦笑いを浮かべる。リリィとレイシアとは打ち解けてきているのに、クレスに対しては出会った頃と変わっていないな。
「クレス! そのスープは私が手伝って作ったものだ」
「レイシアが? とても美味しく出来上がっていて吃驚したよ」
そうか! なんて素直に喜ぶレイシアだけど、美味しくできて驚いたという事はさ、普段はあんまりって意味なのでは?
「ところでライル様、レイチェルさんとリリィさんはまだ部屋に籠っているのですか? 」
「うん。食事も簡単な物でさっさと済ませて、今は色々と意見交換をしているみたいだね」
いやぁ、まさか彼女達がここまで気が合うとは思いもよらなかったよ。二人ともインドアな性格だからかな?
「結界が張ってあるからと言っても油断は禁物だ。ここは私とクレスで見張りをするので、ライル殿達は寝てていいぞ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせて頂きますね」
レイシアの言葉に従い設置したマジックテントへ入ると、丁度布団を敷き終わったゲイリッヒが居住まいを正す。
「もうお休みになられますか? 我が主よ」
「う~ん、つい流れでテントに入ったけど、まだそんなに眠くはないんだよね。トランプでもして暇を潰そうか」
「お付き合い致します」
ゲイリッヒと二人でするとなると、ポーカーかブラックジャックになるかな?
「ちょっとまったー! 遊ぶならあたしも混ぜなさいよ!! 」
「俺様もいいか? 眠ることのないレイスになってから夜は暇でよ」
魔力収納からアンネとテオドアが加わり四人となった俺達は、眠くなるまでババ抜きや七並べをして遊んだ。途中、七並べであからさまにストップさせるゲイリッヒに対してアンネとテオドアが声を荒らげて文句を言う場面もあったが、いい感じに眠気を催してきた。
「えぇ~、もうおしまい? まだまだ夜はこれからだよ! 」
「そうだぜ、相棒。移動中なんかクレス達がいるから寝てても問題ないだろ? 徹夜で遊ぼうぜ」
いや、こっちは眠いから勘弁してくれよ。遊び足りないなら魔力収納でアルラウネかギルでも誘えばいいだろ。
「我が主のお休みを邪魔する者は、私が許しませんよ? 」
ゲイリッヒに威圧され、アンネとテオドアは渋々ながらも魔力収納の中へ戻っていった。
「ありがとう、ゲイリッヒ。この眠気が覚めてしまったら、本当に徹夜する羽目になってたよ」
「そんな、私は当然の行為をしたまでで御座います。では、私も外で周囲を警戒しておりますので、心安らかにお休み下さい」
二千年以上も生きるヴァンパイアであるゲイリッヒは、殆ど睡眠を必要としないのは分かるけどさ、朝から馭者をして夜には見張り。ちょっと働き過ぎじゃないか?
「ご心配頂き、有り難き幸せ。そのお心遣いだけで、向こう十年は不眠不休で頑張れそうです」
いや、人をブラック企業の社長みたいにしないでくれる? ちゃんと休んでよ。頼りになるし有り難いんだけど、忠誠が重い。
まぁ、ゲイリッヒだからなぁ…… 嬉々としてテントから出るゲイリッヒの背中を見つつ、色々と諦めて布団へと潜り込み目を閉じた。