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「取り合えず僕達と合流して、インセクトキングの巣に向かうで決まりかな? 」
マナフォンの向こうからクレスが確認を取る。
「そうですね、それで良いかと。良いよね? レイチェル」
「兄様がそう決めたなら…… それでいいわ…… 」
欲張りだとは思うけど、もうオークキングを強化させたくはない。連戦はキツいかも知れないが、クレスが考えているようにオークキングが出てくるのなら、魔王になる前に倒せるかもしれない。
「うむ、確かにそれなら魔王に対しても杞憂に終わるな」
「しかし、そんなに上手くいくのでしょうか? 」
納得しているギルにアグネーゼが疑問を呈する。これ迄の事を思えばそう上手くはいかないだろう。でも、だからと言って何もせずに諦める訳にはいかないんだよ。魔王になる前だったら、アンネやギルも協力してくれる。この最後のチャンスに賭けてみよう。
レイチェルの予想を信じれば、インセクトキングの所にオークキングがやって来る筈だ。それを俺達で討つ。最終的にはそういう方針に決まり、最悪の場合はリザードマンキングだけでもカーミラの手に渡るのを阻止する。
「それじゃ、カルカス湿原で待ってるよ」
そう言ってクレスはマナフォンを切った。
ふぅ、また暫く店を空ける事になるな。でも今回は護衛として堕天使達が店を守っているので、そう心配せずともよさそうだ。
さて、旅の準備をこれからしなければならないのだが……
「レイチェル、本当に大丈夫なんだよね? 誘拐騒ぎにでもなったら、この国にはいられなくなってしまうよ」
「大丈夫…… レインバーグ伯爵とグラトニス公爵にも協力してもらって、使用人達があたかもわたしがインファネースにいるかのように、父様に報告してくれるわ…… 」
領主は分かるけど、公爵まで? あの人が食以外で動くところなんて初めてじゃないか?
「旅先で珍しい料理や食材に出会ったのなら、ぜひ戻ってきたときに話を聞かせてほしい、って言ってた…… 」
あ、やっぱり食にしか興味がないようだった。もう少し此方を心配しても良いんだよ?
夜の帳が下りて、辺りは闇に包まれる。わたしの時間、なんて若干テンションが上がっているレイチェルを館へと送り、これにて会議は終了と思いきや、ゲイリッヒが戻ってきた。
「ただいま戻りました。我が主」
「お疲れ、ゲイリッヒ。それで? 何か分かった? 」
「はい。ゴブリンキングの素材の殆どは商工ギルドが買い取ったそうで、既に各地のギルドへ流れていました。ギルドマスターのご厚意で魔核を買ったのはこの国の貴族だというのが分かりましたが、それだけです」
カーミラの手に渡ったかどうかまでは分からなかったという事か。ギルドにも守秘義務はあるから、そうそう顧客の情報を漏らしたりはしない。そんな中でそこまでの情報を得たのだから充分だよ。
「しかしながら、ゴブリンキングの魔核にしろ細胞にしろ、カーミラが手にいれるのは容易であると推察出来ます。ここは最悪を想定した方がよろしいでしょう」
最悪、か。それはもうゴブリンキングの魔核はオークキングの強化に使われていると考えて行動しろと言いたいんだな。
翌日から旅に出る準備をしている中で、続々と冒険者達がカルカス湿原に集まっているという話が耳に入ってくる。そんな時、ガストールが来店してきてはこんな事を頼んできた。
「なぁ、聞いたぜ。カルカス湿原まで行くんだろ? 護衛として俺達を雇わないか? 」
「ガストールさん達を護衛に? もしかして大規模討伐に参加するつもりですか? 」
そうだと首肯くガストールに、俺は少し考える。
行き先は同じだし、信用は出来るので一緒に行くのは別に問題ではない。俺はガストール達にカルカス湿原までの護衛依頼を冒険者ギルドに出した。
「また生き残ってガッポリ稼がせてもらうぜ」
なんてガストールは不敵に笑っていた。結局こつこつと稼ぐよりも一気に稼いで、後は酒でも飲んでのんびりとしたいようだ。
その後も着々と準備は済ませ、出発当日の朝。店に来たレイチェルと共に西門でガストール達を待つ。
「おぅ! 待たせたな」
「今回もよろしくっす! 」
「…… 」
「いやぁ、久しぶりの旅だからワクワクしてくるね!! 」
ん? なんか一人多いと思ったら、何時もガストール達といる妖精もいるぞ。名前は…… パッケとか言ったっけ?
「俺達と行くって聞かなくてよ。ったく、遊びに行く訳じゃねぇんだがな」
「でも、パッケがいると心強いっすよ」
確かに、妖精一人だけでもかなりの戦力になる。これならガストール達の生存確率はぐっと上がるだろう。
「お? パッケじゃん! あんたも来んの? 」
「あっ! 女王様~! あたしも一緒に行く事になったから、よろしく~ 」
あ、よく考えたら妖精二人との旅か、何だか騒がしくなりそうだな。にしても気になるのは、今回のガストール達は馬に乗ってやって来た。馬車には乗らないつもりなのか?
「あぁ、どうせ帰りは俺達だけになるし、金にも余裕があるから借りてみたぜ」
成る程、その馬はレンタルか。ルーサ程ではないが、中々に立派な体格をしている。
「この悪人顔、兄様の知り合い? 」
「おい、誰が悪人顔だ。お前だって人の事言えねぇくらいに目付きが悪かねぇか? 」
レイチェルの音量は小さめだったが、しっかりとガストールには聞こえていたみたいだ。ここからカルカス湿原まで約三日、仲良くしてくれよ?
俺達は馬に乗っているガストールを連れ立って門を潜り、インファネースを後にした。