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どうしよう? レイチェルに事情を話して協力してもらうか? しかしそうなると伯爵との約束やら何やらで後々面倒な事になる。
「良いんじゃない? レイチェルならあたしの家に招待してもいいよ! 」
『我もその娘を迎え入れるのには賛成だ。あの僅かな情報だけであれだけの推察力を見せた。それと希少な闇魔法の使い手は色々と役に立つ。危険に晒したくないと言うのなら、魔力収納内で保護していれば良いではないか』
『洞察力も中々のものですよ? まだ齢十三だと言うのに、末恐ろしい娘です。今の内に信頼関係を深めておくべきだと愚考致します』
アンネとギルとゲイリッヒの三人は、レイチェルを仲間として迎え入れる事には賛成のようだ。ムウナとテオドア、アルラウネ達は俺の判断に任せると言っている。後はエレミアとアグネーゼの意見だな。
「私は、ライル様の決定に従います」
「あまり気乗りはしないけど、ライルがそうしたいのなら私は構わないわ」
否定意見は無しか。縋る瞳でこちらを見上げるレイチェルに、俺は心を決めて近寄る。
「分かった。レイチェルの力とその頭脳を、俺に貸してほしい」
「っ!? うん! 必ず兄様の役に立って見せるわ…… 絶対に後悔させないから…… 」
心底嬉しそうに顔を綻ばせるレイチェルに俺はホッとした。そしてそのままの勢いで、俺のスキルや世界のマナが減少している事、それを防ぐ為にマナの木を育てて各地に植えている事等を伝える。
因みに、俺が異界の記憶持ちであるとか、ハロトライン伯爵の息子でレイチェルの実の兄だと言うのはまだ伝えずに黙っている事にした。
「そう…… 一部の魔術師達が、世界のマナが年々減少傾向にあると警鐘を鳴らしていたけど、彼らは正しかった…… そして兄様達は世界を元に戻す為に尽力していると…… やっぱり兄様は特別な存在だったのね…… 」
特別と言われりゃそうかも知れないが、ここで露骨に肯定するのもなんか違う気がして曖昧な笑みしか返せない。
その後、レイチェルにせがまれて魔力収納へと入れる。案内は勿論アンネだ。
「凄い…… 兄様の力はわたしの想像以上ね。こんな空間が人間一人の中に広がっているなんて…… それに、あそこに見えているのはアルラウネ? 魔物が畑を耕し、野菜や麦、米を育てている。とても不思議な、でも何故だか心安らぐ光景だわ…… あれほど立派なマナの木も初めて…… だからこんなにもマナが豊富なのね。目には見えないけど、空気で分かるわ…… ここは魔物にとっても、人間にとっても、正に楽園と呼ぶに相応しい所ね…… 」
アンネに案内され、魔力収納内にある家で紅茶を出されても、レイチェルの興奮は覚めやらず、矢継ぎ早に出てくる質問攻めにアンネとゲイリッヒが出来るだけ答えていった。
そんな感じで門限の時間が近づき、ごねるレイチェルをアンネが精霊魔法で館へと送る。
「本当にこれで良かったの? 別にレイチェルが信用出来ないって訳じゃないけど、あの伯爵の娘なのよ? ライルが許せても、私は…… 正直今でも伯爵を殺してしまいたいと思っているわ」
だからレイチェルに対してあんな態度だったのか。エレミアの気持ちも分からなくはない。俺も逆の立場だったなら、そんな酷い目に合わせた奴を殺したい程憎んでいただろう。
「エレミアの気持ちを否定する気はないよ。でも、伯爵の娘でもレイチェルはレイチェルだ。俺の妹で伯爵とは別人なんだ。だから彼女にきつく当たるのはお門違いってもんだよ」
「頭では分かってるけどレイチェルのあの目を見ると、どうしても伯爵の顔を思い出してしまって、心がざわめくのよ」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは言うけど、こればかりはどうにか割り切って貰うしかないよな。
「とにかく今はインセクトキングとリザードマンキングに集中致しましょう。レイチェルさんが言っていたように、安全を考慮してリザードマンキングに戦力を集めるか、当初の予定通りに私達だけでインセクトキングを討伐するか。今日はもう遅いので明日、クレスさん達にもマナフォンで意見を聞きつつ、皆で話し合いましょう」
「そうね、アグネーゼのいう通り今はキング種に目を向けるとするわ。少し部屋で気持ちを落ち着かせてくるわね」
エレミアが応接室から出ていくのを見送る横で、アグネーゼも心配そうに扉を見詰めていた。
「大丈夫でしょうか? 私もハロトライン伯爵がライル様にした行為は到底許せるものではないと思っています。なので強くエレミアさんには言えませんでした」
意外だな。もしかしてアグネーゼも伯爵を殺したい程に憎いのか?
「司祭と言っても私も人間ですので、そういう感情を抱いてしまう事もあります。冷静でいられるライル様が凄いのですよ。自分を殺そうとした実の父親と再会したその日に、馬車の中で二人で対談までなさって…… しかも恨みはないと仰る。どうすればそんなに心が強くなれるのですか? 」
「買い被り過ぎだよ。俺はちっとも強くはない、臆病なだけさ」
今の暮らしを、仲間を、家族を失わない為には臆病になるしかなかった。俺はもう一人じゃいられない。誰かと一緒に食べる食事が、おかえりと言ってくれる声が、ただいまと言える事が、こんなにも嬉しくて温かいものなんだと思い出してしまった。二度と前世のような惨めで寂しい生活はしたくない。
「それでも、私はライル様を尊敬致します」
情けないだろ? と自嘲する俺に、アグネーゼはそんな言葉と共に優しい笑みを向けてくれた。