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オークキングの強化に本当に必要な物は魔核だった? もしそれが事実で、ゴブリンキングの魔核がカーミラの手に渡っていたとしたら…… 俺達の予想以上にオークキングは強くなっている。
それがインセクトキングかリザードマンキングを狙いやって来る可能性が高いとレイチェルは言う。
残りのキング種はたったの二体。向こうも出し惜しみ無しで戦力を投入してくるかもしれない。そんな中で同時討伐なんて出来るのだろうか?
「正直、二体ともカーミラに奪われずに仕留めるのは厳しいとわたしは思うの…… 最も確実なのは、どちらかを諦めてもう片方に戦力を集めた方が良いわ…… 」
「ちょっと、それってインセクトキングかリザードマンキングのどっちかをカーミラに渡すって事? 」
納得いかないのか、エレミアが少し高圧的にレイチェルに詰め寄った。しかし、レイチェルは動揺する素振りも見せずに話を続ける。
「近々大規模討伐が行われるリザードマンキングを確実に仕留める方をお勧めするわ…… 強化されたオークキングが出てくる可能性を考慮すれば、この判断が最善なの…… 戦力を分散して二体とも奪われては元も子もない…… 最悪の結果を回避するのなら、この方法だけよ…… 貴女は兄様を危険に晒すつもり? それとも他に良い案があるの? 」
エレミアの目を睨み付けながらキッパリと断言するレイチェルに、エレミアは少したじろいでしまう。
「うっ…… それを言われると私も立つ瀬がないわね。私だって、別にライルを危険な目に遭わせたい訳じゃないわ」
「と、取り合えずここはよく考えよう。こればかりは俺達だけで決める訳にはいかない。クレス達にも連絡して意見を聞くべきだと思う」
俺の一先ずの提案に、エレミアとレイチェルは一旦引き下がった。
『では、我が主よ。私が後程冒険者ギルドに赴き、そのゴブリンキングの素材が何処に流れたのか調べたいと思います』
おぉ、ゲイリッヒなら安心して任せられるな。執事歴が長いからか、色々を気を利かせてくれて頼りになるね。
「今期の魔王はどうなるんだろうね? これ、勇者が誕生しても勝てんのかな? 」
おいアンネ、不吉な事は言わないでくれよ。誰も口にしていなくても、皆同じ思いを抱いていると思うからさ。
「なぁ、本当にアンネ達や他種族はこれから起きる魔王率いる魔物達との戦争に関与しないのか? 」
「う~ん、ほんとならキング種にも関わっちゃいけないんだけど、今回のはちょっとばかし事情が違うからね~」
そういやアンネ達もキング種討伐に協力してくれている。事情が違うというのは、十中八九カーミラの事だよな。ならこのまま戦争にも人間側に立てないのだろうか?
「それは無理だよ。あたし達にはあの方から制約が掛けられてるから、魔王に直接攻撃を加える事は出来ないのよ」
「でも、五百年前は勇者と一緒に魔王を倒したんだろ? 」
「だから! それは違うんだって。確かにクロト達と一緒にはいたけどさ、魔王を倒すのには力を貸していないよ。勝手にそう言われてるだけで、そんな事実はありませ~ん」
なんだ、宛が外れたな。それじゃ魔王に関してはアンネ達は本当に何も出来ないって事か。
「せめてこれから誕生する魔王が強くならないようにキング種をやっつけるのには協力するけどさ。その後は人間と獣人達でどうにか頑張ってもらうしかないよね」
そうか、人間だけでなく獣人もいたな。しかしそれでも不安は拭えない。いや、まだ人類の希望である勇者がいる。魔王が不正に強化されているのなら、勇者も何かしらのパワーアップしてなきゃ不公平だ。そうだろ? だからお願いしますよ、神様。
「やっぱり、兄様達は直接カーミラと対立しているのね…… 司祭であるアグネーゼの態度、他種族と妖精達との関係、そしてこれまでの会話から容易に行き着く…… 兄様には何か特別な力と役目があるんじゃないの…… ? 」
「そ、それは」
どうする? ここまで来たら全部話すか? でも俺の妹であると同時にハロトライン伯爵の娘なんだよな。伯爵との約束がある手前、流石にこれ以上は関わらせない方が良いのか?
返答に詰まっている俺に、レイチェルは更に言葉を続ける。
「父様と何かしらの確執があるのは察しているわ…… インファネースに行くと決めてから、父様の様子がおかしかったもの…… てっきりクラリスの事だと思っていたけど、兄様を見て考えが変わったわ…… 父様が警戒しているのは兄様だった。父様との間に何があったのかはどうでもいいの…… わたしと関わる事で兄様の迷惑になるのなら諦める。でも、わたしは兄様の味方よ…… それだけは信じてほしい」
言い終わると同時に目を伏せるレイチェルは、何処か寂しそうだった。
スカートを両手でぎゅっと握っているその姿に胸が痛み、罪悪感が襲ってくる。全てを伝えたいという衝動に駈られてしまうが、なんとかぐっと耐えて喉まで上がってきた言葉を飲み込んだ。
レイチェルが俺を危険に晒したくないと思ってくれているように、俺も妹をそんな危険な事に巻き込みたくない。カーミラや魔王の事を伝えた後で言うのもなんだけど、今ならまだ引き返せる所にいる。
「お願い…… 兄様の力になりたいの…… 我が儘だとは思うけど、わたしでも分からないくらいに自分を抑えられない…… ここで兄様と別れたら一生後悔するような、そんな予感がするの…… 」
その真剣な眼差しに、一度は固めた心が揺れ動く。レイチェルが言ったような予感を俺も感じていた。まるで運命に導かれているかのように、ここでレイチェルを帰してはいけないと誰かが俺の心に囁いている感じがする。