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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十五幕】望まぬ邂逅と魔王誕生
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18

 

 俺の目の前には前世振りの懐かしい握り寿司がある。ジパングでも寿司屋はあるが、予約制で値段も高いので食べ損ねた。それが今ここにあって、手を伸ばせば届く所にある。まぁ伸ばす手なんて俺には無いけど。


 魔力で操る木腕を使って寿司を持ち、醤油をつけて一口で食べる。


 うん。ちゃんと酢飯になっているし、握りも文句はない。口の中へ入れて噛むと米が溶けるように崩れていく。そして後からくるワサビの風味と辛さが寿司の味を引き締めてくれる。


 あぁ、前世でもそんなに食べる機会はなかったが、とても懐かしく思ってしまう。俺にとっての寿司はスーパーで半額になっているやつか、回ってるやつしか知らない。


 アンネに教えたのだって、何時かは回っていない高級な店で食べられたならなぁ―― と思い、興味本意でネットで調べただけの知識だ。それだけでここまで美味しく再現出来るとはね…… 飯炊き三年、握り八年で一人前の寿司職人だなんて言われていたけど、人魚達のスペックの高さはもはや異常だな。


「寿司―― か。ジパングの者から話だけは聞いていたが、これほどとはな…… この柔らかな握り具合いの米、魚、そしてワサビの三つが見事に調和している。食の奇跡を垣間見た思いだ」


 真剣な眼差しで寿司を見詰める公爵という構図はなんとも形容しがたいものがあるね。ミスマッチというか、違和感が半端ないというか。


「へへ~、ライルに聞いた時から食べてみたいと思ってたんだよね~。ジパングで食えないなら人魚達に作って貰えば良いじゃん? って考えたあたしを誉めてやりたいよ」


 自分用に作られた小さな寿司を頬張って、満足そうにアンネは頷いていた。


「アンネちゃんの情報を元に、ここまで再現するのには苦労したよ。人間の料理って本当に凄いよね」


「うむ。食に対して貪欲に、それでいて真摯に向き合い編み出した調理法と、少しでも美味しく食べたいという一心で新たに見つけ、作り出した調味料の数々。今はあって当たり前だが、ここまでくるのに幾人の者達の血と汗が流れた事か…… だからこそ生きる事に直接関わってくる食事というのは尊いもの。食材に、料理人に、そして今の食文化を築き繁栄させていった先人達に、我々は感謝の気持ちを忘れてはならんのだ」


 そう言って寿司を食べる公爵の姿は、どこか愁いを感じさせるものだった。


「旨いもん食ってるのに、なに辛気臭い雰囲気醸し出しちゃってんのよ? もっと明るく食事が出来ないの? 」


 アンネに言われて、何やら耽っていた公爵がハッ! と我に返り、誤魔化すかのように小さく笑う。


「ハハ、こんなにも美味しい海の幸を食べたからかな? 思考の海に捕らわれてしまっていたようだ。アンネ君の言う通り、旨い食事の席に湿っぽい空気は合わない」


 そこへヒュリピアが別の寿司を持ってきてはテーブルに置く。おっ、これは巻き寿司だな。かっぱ巻きに鉄火巻き、ウニやイクラの軍艦巻きと定番な物から、カルフォルニアロールなんかもある。ここの人達にはそっちの方が受けが良さそうではあるが、やっぱり元日本人としては、スタンダードが良いな。


「これは軍艦巻きと言うのか? 軍艦とは穏やかではないが、成る程、そう見えなくもない。この上に乗っている茶色いのは何かね? 」


「それはウニって言ってね。海の中にいるトゲトゲした黒いやつの身だよ」


「ん? トゲトゲとして黒い? 」


 ヒュリピアの説明にあんまりピンときてない公爵に、アンネはまた魔力念話で映像を送る。


「ほぉ! これがウニか、毬栗のような見た目だな。これが生き物だと言うのも信じがたいが、身の少なさにも驚きだ。労力に対してこれでは、さぞ値段も張るだろうな」


 一匹のウニから取れる量は本当に少ないので、自然と値が高くなるのは仕方ない事だ。それでも、前世の世界に比べれば十分に大きいウニだよ。今まで人魚にも人間にも食べられずにきたからか、俺の知ってるウニの大きさじゃない。勿論中に入ってる身もぎっしり詰まっていると思うが、公爵にはこれでも少ないと感じるらしい。


「こ、これなら何とか食べられそうです」


 何度か刺身に挑戦しようと、箸で持ち上げては下ろす行為を繰り返していたアグネーゼが、かっぱ巻きとカルフォルニアロールを食べていた。


 それ、具はキュウリだし、このカルフォルニアロールには卵とボイルしたエビ、昆布やクリームチーズとかだから生魚は入ってないぞ?


「ねぇ、ライル。かっぱ巻きのかっぱってなに? ジパングの人達はキュウリをかっぱと呼んでいるの? 」


「えっと…… 確か、河童の好物がキュウリだっからそう呼ばれているとか聞いたような」


「その河童って、魔物かなんかなの? 」


 日本の妖怪ですけど? なんて公爵が聞いている場では言えないよな。


「まぁ、そんなものかな? 」


 まいったな、この世界では河童なんて知られていなくて当然。ここはキュウリ巻きとかにすればよかった。


「ふむ、ジパングには河童という未知の魔物がいるのか。それは興味深い」


 いや、公爵様? 興味を示したところ悪いですが、前の世界でも存在は確認されていない曖昧なものだったから、この世界には確実にいませんよ。…… いないよね?

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