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デイジー達に公爵の相手を任せ、奥の部屋でマナフォンを取り出して人魚の女王様に経緯を説明した。
「成る程、地位のある人間が私達の食事に興味があると…… それは面白いですね。流石にこの島へは招待出来ませんが、貴方が一緒であれば何人か向かわせても良いですよ」
「ありがとうございます、女王様。私達人間の我が儘を聞いてくださり感謝致します」
「あ、所で話は変わりますが、あのデザートワインとかいう甘いお酒は此方でもとても好評です。かくいう私もあの味の虜になってしまいましたよ」
「…… 後でご用意致します」
あら? そんなつもりは無かったけど―― なんて言ってたけど、思いっきり分かりやすく催促してたじゃん!!
俺とエルフしかデザートワインは造ってないから、需要に対して供給が追い付かない。何か別の甘い酒でも造った方が良さそうだ。ハニービィが集めた蜂蜜酒も普通のよりか甘めではあるが、デザートワインのような衝撃的な甘さではないので、代わりにならない。
確か前世で甘い日本酒を飲んだ覚えがある。あれを再現出来るか試してみるか。
女王との会話を済ませて戻ってみると、気を使い過ぎて若干窶れているデイジーとリタが目に入る。対して公爵様は何やらご満悦だ。
「お待たせ致しました。人魚の女王様にお伺いしたところ、私が同席するのを条件に、人魚を派遣してくれるそうです」
「おぉ! 女王と直接交渉をしたのか? いやはや、流石はライル君だ。恐れ入ったよ」
まぁ、普通は種族を束ねる者とそう容易く話せるものではないからね。公爵が驚くのも無理はない。
「あの、公爵様の別荘でお召し上がりになるのですか? 」
「いや、人魚達は漁港から来るのだろ? そこから私の別荘に行くには時間が掛かるので、東商店街にある料理屋を貸し切った。そこで人魚達の魚料理を振る舞って貰いたい」
移動する時間も惜しいという訳か。どれだけ生の魚に執着してるんだ?
「人魚はともかく、ジパングの者達が平気で食べているのに、私が食べられないのは悔しいではないか。今日はなんとしてもあの時の雪辱を果たして見せようぞ」
刺身で腹を壊した事が余程悔しかったんだな。でも、話を聞く限り公爵が食べたのは川魚だよね? それなら腹も痛くなるよ。今回は海魚だから大丈夫だとは思うけど、万が一もあるので人魚達にはこれまで以上に気を付けるように言わないと。これでまた公爵の腹がやられる事があれば、だいぶ今後の活動に支障をきたしてしまう。
そろそろ女王が派遣してくれた人魚達が来る頃だな。俺は店番をキッカとシャルルに任せ、公爵と共に漁港に向かう。因みにエレミアとアグネーゼも一緒だ。
「エレミアさん。魚を生でなんて本当に食べられるのでしょうか? 」
「私も最初は疑っていたけど、ライルが人魚の島で美味しそうに食べた後、体調を崩した様子は無かったわ」
「ライル様が? エレミアさんも食べたのですか? 」
「私は遠慮したわよ。やっぱり生のまま食べるなんて抵抗があるじゃない? 」
「ですよね。しかし、ライル様も召し上がったのですから、私も食べない訳にはいきません」
たかが刺身に大袈裟な、とは思うが生で魚介を食べる文化がない人達には生食に抵抗があってもおかしくはない。
アグネーゼに無理だけはしないようにと声を掛けたが、何を思ったのかますます気合いが入ってしまった。
漁港に着き、少し待っていると、三人の人魚が海から上がってきた。その中の一人が俺達を見つけて笑顔で手を振ってくる。あの子は何時も元気一杯だね。
「エレミア! ライル! 女王様に言われて来たんだけど、生の魚が食べたいと言う人間はこれなの? 」
「ヒュリピア、いくら人魚だからといって公爵様をこれ呼ばわりはどうかと思うぞ? …… 申し訳ありませんでした、公爵様」
「なに、人魚達にとって貴族も平民も皆同じ人間だという事。私は何も気にならんよ」
公爵様が寛大な人で良かったな? これが他の貴族だったなら、面倒くさい事態になってたぞ?
「そんなことより、持ってきた魚は何処で捌けばいいの? 」
そんなことよりって…… 頼むから公爵様の機嫌を損ねるような発言には充分に注意してくれよ?
「それなら近くの店を貸し切りにしているので、そこでご馳走してほしい」
ヒュリピアと残り二人の人魚達を連れて、俺達は東商店街にある料理屋に足を進めた。
店の中は昼近くだと言うのに客が一人もいない。貸し切りだと言っていたからそれも当然か。
店主に厨房を貸してもらい、ヒュリピア達は早速魚を捌き始めた。その手際の良さに、厨房を覗いていた公爵が感嘆の息を溢す。
「何とも素早く、的確な包丁捌き…… あれはギガロシャークの歯を加工した包丁か? 」
へぇ、あの白い包丁を見ただけで素材まで分かるのか。
暫く人魚達の包丁捌きに見入っていた公爵だったが、ヒュリピアの声に我を取り戻した。
「はい、お待たせ! 取れ立て魚介の刺身盛り合わせだよ!! 」
ドンッ! と俺達がいるテーブルの上に刺身が乗った大皿が置かれる。
「ほぉ、これは見事。なんて美しい盛り付けなんだ」
公爵の言うように綺麗に盛り付けられている。人魚の島で食事を共にした時はこんなではなく、大雑把に岩で出来たテーブルの上に置かれているだけだった。それに、捌いた魚の切り身もサイズが均一にされている。
「どう? この切り方と盛り付け方はアンネちゃんから教えて貰ったのよ」
成る程ね、通りで馴染み深い刺身の盛り付け方だと思った。研究熱心な人魚達にアンネが魔力念話を通じて、前に俺が見せた刺身盛り合わせを映像付きで教えたんだな。
『へへ~ん♪ 実はそれだけじゃないんだよね~』
魔力収納内にいるアンネが得意顔で胸を張っている。他にも何か教えたのか? 問い質しても勿体ぶって話してくれない。もしかしたら今回の料理に出してくるのかも。




