14
「あぁ…… その、こいつはちょっと好みが特殊でな。お前みたいにボロボロな奴を可愛いと感じるようなんだ」
「アラン。姉に向かってこいつとは失礼よ…… でも、好きなものは好きなんだから仕方ないじゃない…… あぁ、この今にも崩れてしまいそうな外見がとても素敵…… 」
ヤバイ、俺の妹が変態で困る。
聞けば新しい縫いぐるみをわざと壊し、継ぎ接ぎだらけにして愛でていたそうだ。それを目撃した使用人達はさぞやドン引きしたことだろう。
「まぁ、レイチェルの性癖はこの際置いておくとして…… クラリスの現状も分かった事だし、もう此処には用はないな」
「私を案じて下さったのですか? ありがとうございます」
「父上の用事のついでだ。それに、クラリスには、なんだ…… そこそこ世話にはなったしな」
あれ? 態度はデカイし口も悪いが、母さんのその後が気になって態々この店に? 意外と優しい所もあるんだな。
「あ? おい、気持ちの悪い顔でおれを見てんじゃねぇよ! クラリスの息子だからっていい気になるなよ? 」
前言撤回。やっぱり生意気なガキだ。
「ちっ! もういい。レイチェル! 帰るぞ!! …… って、なに食ってるんだ? 」
「んむ? クラリスの蜂蜜クッキー…… 美味しいよ? 」
いつの間にかキッカから蜂蜜クッキーを購入したレイチェルが、紅茶と共に隅のテーブル席にて寛いでいた。この子はマイペースな性格だね。
「蜂蜜クッキー? どれ、おれにも一つよこせ…… っ!? こ、これは! この味、風味、間違いない! 一時期姿を消したあの幻の蜂蜜じゃないか!! また流通し始めたが数が少なく、我が伯爵家でさえも入手が困難。それがなぜクッキーに? まさか!? 」
アランはキョロキョロと忙しなく辺りを見回し、お目当ての物を見つけると興奮気味に駆け寄った。
「おい! これは試食出来ないのか? 」
「今、小皿とスプーンを用意しますので、少々お待ちください」
母さんは奥の部屋から持ってきたスプーンで蜂蜜を一つ掬い、小皿の上に乗せてアランへ渡した。
それを受け取ったアランは、先ず色を目で確かめ、匂いを嗅ぐ。そして徐にスプーンを持ち上げて口の中へ。
「…… あぁ、これだ、間違いない。これこそがこの国の貴族達を虜にした幻の蜂蜜。それがどうしてこんな寂れた店にあるんだ? 答えろ、この蜂蜜は何処で仕入れている? 」
「申し訳ありませんが、いくらアラン様でも仕入れ先まではお教えできません」
キッパリと言い切るクラリスに、アランは残念そうに息を吐く。
「まぁそうだろうな。商人がそんな事を簡単に話す訳ないか。金を払うと言っても駄目か? 」
それでも無言で首を振るクラリスにガックリと肩を落とすアラン。
「仕方ない、此処にある物だけでも買っていくか。次インファネースに来れるのは何時になるやら。ハロトライン領とレインバーク領がもっと近ければ頻繁に買いに行けたものを…… 残念だ」
お? これはもしかしてビジネスチャンスでは?
「あの、よろしければ堕天使達に届けて貰うのはどうでしょう? そうすれば、遠く離れていてもこの蜂蜜を買えますよ? 」
「それはあの黒い翼を持つ者達が荷物を宅配するというやつだな? 確かに、それなら距離が離れていても蜂蜜は手に入る。しかし、代金はどうするんだ? 」
「商品を届けてくれた堕天使に代金を渡してくれれば大丈夫です。その場合、送料込みですので店が掲示している値段よりも高くなりますが」
「おぉ! そんな事も出来るのか、それは便利だ。その送料はいくら掛かる? 」
値段を伝えるとアレンは大きく頷いて問題ないと言う。
「しかし、そんな事をして金を持ち逃げされないのか? おれとしては既に代金を払い、物は受け取っているなら別に良いが」
「堕天使達は金銭よりも誇りを優先致します。そんな行為は決してしない種族だと信用してます」
「そうか、そこまで言うのなら大丈夫なのだろうな。フフフ、これであの蜂蜜が毎日味わえるぞ。中々手に入りづらくて、たまにしか食えない代物だからな。今から楽しみだ」
俺も新しい商売の実験が出来てうれしいよ。堕天使達と共同で通信販売を始めようと考えていたところだから丁度良い。まぁ、通信と言ってもこの世界には電話はないし、マナフォンも普及されていないので、俺の店に手紙で注文を受ける形となるけど。
「ねぇ、大丈夫? あの子達ってあのハロトライン伯爵の子供なんでしょ? 出来るだけ関わらないんじゃなかったの? 」
「あっ…… で、でもさ、俺が伯爵の息子だと言ってないし、向こうも気付いていない。このまま黙ってれば平気だよ」
お互いに不干渉だとは言ったけど、それはあくまでも伯爵個人とで、子供達までは含まれない―― と、もし問い詰められたらこういう言い訳をしよう。
「うわ…… すごい屁理屈ですね。ライル様から聞く限り、絶対伯爵は家の者と関わらないようにという意図があったと分かる筈ですのに」
俺の無理矢理な解釈に、アグネーゼは絶句してしまった。
だって仕方ないだろ? 試験運用に丁度良いから、これを利用しない手はない。それに伯爵の言葉を全てを鵜呑みにしてならないと、自分の中で警笛がなる。
あのハロトライン伯爵ことだから、きっと交わした約束の抜け道でも用意してるのかも知れない。完全に信用しては、後で痛い目にあってしまう。