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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十五幕】望まぬ邂逅と魔王誕生
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12

 

 ハロトライン伯爵の馬車を降りると、馭者がすぐに扉を閉めて馬車を発車させた。今までは人目につくのを避けてきたのに、伯爵としては随分と思いきった行動だったよな。それだけ急を要するものだったのだろう。


「ライル! 大丈夫だった? 何か嫌な事でも言われた? 」


「ライル様、ご無事で何よりです。待っている間に、エレミアさんから大まかな事情はお聞き致しました。血の繋がった息子に、なんて酷い仕打ちを…… 予め知っていたら、お一人で馬車に乗せるなんて認めなかったのに」


 俺の生い立ちをエレミアから聞いたアグネーゼは、今にも泣きそうな顔で両手を胸の前で祈るように組んでいる。


「大丈夫、少し話をしただけだから。もう俺とハロトライン伯爵は親子でも何でもない。それを守っている限り、向こうから手を出す事はしないと約束してくれたよ」


 これでハロトライン伯爵との憂いは完全ではないけど、ある程度は晴れたと思う。そんなスッキリとした面持ちで伯爵との会話を説明したが、どうにも二人の顔色はよろしくない。


「何だか釈然としないわね。殺されかけたんだし、一発ぐらい殴っておけば良かったんじゃない? 」


「暴力はともかく、謝罪と賠償を求めるべきです」


 お互いに不干渉でいようという話だけでは不服らしい。しかし、処分される予定だった俺を十年間養った費用は伯爵家から出ている訳だし、そのうえで賠償を求めるなんてどうにも気が引ける。


 そんな思いを言葉にすると、エレミアとアグネーゼだけでなくゲイリッヒさえも唖然とした。


「ライル…… 普通は自分を殺そうとした相手に遠慮なんてしないわよ? 」


「我が主の思考は時折私では理解し難い事があります。前の主であるあの御方も時々突拍子もない事をいう方でしたが、これも異界の記憶持ちだからでありましょうか? 」


「でも、その優しさがライル様の素晴らしい所でもあります」


 いや、これは優しいとは違うような? そもそも、一番災難だったのは俺を産んでくれた実の母親だ。お腹を痛めて苦しい思いで産んだ子供が、俺みたいなオッサンの記憶を受け継いだ子供なんだから、申し訳ない気持ちで一杯だよ。


 だからと言って殺されてはやれないけど、せめて目の届かない所で関わる事なく過ごせるようにはしてやりたい。



 何時までもここで立ち話もしてられないので、馬車に乗って家まで帰る。


 外はすっかりと暗くなり、家と街灯の明かりが道を照らす。インファネースを訪れる人々は着実に増え、移住を求める声も少なくないらしい。ティリアが言った街の拡張計画は挙がっているが、新たに外壁を作る必要があるから費用と時間が掛かりすぎる。


 そうなると他の事業が疎かになってしまうので、今まで中々着手出来ずにいた所を、グラトニス公爵からの力添えで目処が立った。あの集まった貴族達が挙ってインファネースを支援してくれるのなら、費用も人手も全部此方側から出さなくても済むので、拡張計画が実行可能である。ほんとに公爵には頭が上がらないな。


 それに魔王が誕生し、勇者が選ばれたとしても、魔物と人間の戦争が短期間で終着するとは思えない。きっと年単位で長引くだろう。そうなったら、この国だけでもどれだけの被災者が出てくるか想像もつかない。そんな彼等を出来るだけ多く受け入れる為には、この拡張工事は早目に行わなくてはならない。


 食糧危機にも陥るだろうから、今のうちに溜め込んでおかないとな。家の地下には劣化抑制と空間拡張の術式が掛けられている倉庫があるので、そこに少しずつ保存していこう。それと領主の館にも同じ術式を施した倉庫を幾つも用意して、来るべき戦争に備えて貰わないとな。


 ふぅ…… 二体のキング種の事もあるし、かなり忙しくなりそうだ。それでも、今見ているこの明かりが消えないよう、自分が出来ることをしなければならない。伯爵への報復なんて考えてる暇はないんだよ。



 やがて馬車は家に着き、魔力収納に馬のルーサと馬車を収納してから、エレミア達と裏口から店へと入る。もう店じまいをして暗くなっている店内を歩き階段を上る。二階の住居スペースは明るく、リビングで母さんとキッカ、シャルルが俺達の帰りを待っていた。因みに店の護衛をしている堕天使達は隣のアパートに戻っているようで見当たらない。


「お帰りなさい、ライル。パーティはどうだった? 」


 テーブル席に座り、キッカとシャルルの二人と紅茶を片手にのんびりと過ごしていた母さんが、穏やかな顔で微笑んでいる。


 ハロトライン伯爵の話が確かなら、母さんは生まれたばかりの俺の命を必死の覚悟で救ってくれた。ただの使用人が主人である伯爵に異議を申し立てるなんて、いったいどれ程の勇気が必要だったか。


 そう思うだけで、母さんが今浮かべている幸せそうな表情を曇らせたくはない。しかし、俺が公爵のパーティでハロトライン伯爵に出会った事は話しておかないと。


 それを聞いた母さんは、また俺を心配するだろうな。


 沈んだ気分で重くなった口を開き、俺はハロトライン伯爵との再会と馬車でのやり取りを母さんに伝えた。

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