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困っているエレミアとアグネーゼを見かねて、妖精達がちょっかいを出してくれたお陰で何とか貴族から逃れた俺達は、やっと一息つく事が出来た。
「それで? どうするつもりなの? 」
エレミアはスッと目を細めて、義眼に浮かぶ蒼い魔術陣を俺に向けてくる。
「どうするって、なにが? 」
「あのハロトライン伯爵って奴よ。ライルが望むなら、私達エルフが協力して人知れず消す事も出来るわよ? 」
「いや、別にそこまでしなくてもいいよ。向こうも俺には興味無いようだし、下手に手を出してしまったら、最悪この街にいられなくなってしまうかも知れない」
「でも! …… あいつがライルにしたことを思えば、絶対に許す事は出来ない。貴方は平気なの? 」
怒ったかと思ったら今度は悲しそうに俺を心配してくる。
「俺の為にありがとう。でも、もう自分の中で整理はついてるんだ。あんな父親だけど、いなければ俺はこの世界に生まれてこなかったかも知れない。例え別の誰かの子供として生まれていたとして、エレミア達と必ずしも出会えた訳でもないしね。そう考えるとさ、感謝までとはいかないけど、少なくとも恨んではいないよ」
「…… 分かったわ。ライルがそう言うなら、私達からは何もしない。でも、あっちから何かしてきたら、その時は容赦しないから」
あのハロトライン伯爵の事だから、そこまで浅はかでは無いと思うけど、もしそうなったら俺では止められそうもないな。
「あの…… 後できちんと説明して頂けるのですよね? 」
アグネーゼはエレミアの憤慨する理由が分からず、多少戸惑ってはいるが、この場での追求はしなかった。
「いやぁ! 凄かったね!! エレミアとアグネーゼに向かっていく貴族達。まるで光に群がる虫みたいだったよ」
先程の光景を思い出し、クスクスとアンネが笑う。
「助かりました、アンネ様。あの調子ではパーティが終わるまで身動きが取れそうもありませんでしたから」
「全くで御座います。支援者というので我慢致しましたが、私達の事ばかりで街の事を一切聞いてこないのは驚きです。真面目に支援するおつもりがあるのか、甚だ疑問です」
せっかく街の為にと対応をしたのに、思うようにインファネースのアピールが出来なかったと、アグネーゼは少し落ち込んでいる。
「まぁ、アグネーゼさん。貴族と言っても色々といるようですし、パーティも始まったばかりですから、これからですよ」
「なになに? 貴族達に街の良さを教えんの? そんならあたし達も協力しちゃうよ! 」
えっ? いや、アンネ達は気にせずパーティを楽しんでいてもらいたいな。正直、妖精が絡むとここにいる貴族達が減ってしまいそうだよ。
やる気を見せるアンネをどうにか宥めて、俺達だけで貴族の相手をする。その殆どがエレミアとアグネーゼ目当ての奴等だったけど、取り付く島もない二人の態度に撃沈していく。
しかし、中には純粋に支援を検討している者達もいるので、しっかりとアピールをさせてもらった。
う~ん、これが貴族のパーティなのか? 何か色々と気を回し過ぎて楽しめる余地がないんだけど? 代表達も絶え間なくやって来る貴族の対応で忙しくしている。本能のまま料理を貪る妖精達が羨ましいよ。
今一番の警戒対象であるハロトライン伯爵だが、他の貴族を相手にして、此方には見向きもしない。意図的に避けているのか、それとも本当に興味がないだけなのか…… 貴族達が大勢いるこの場では過度な接触を避けているようにも見える。
いくらお互いに他人として接しようとしても、余計な一言で俺達の関係が周りにバレてしまう危険性がある限り、こういう所では距離を置くその慎重さは昔から変わらないな。時折どうしても視線を向けてしまう俺と違って、ハロトライン伯爵はあの挨拶以降一度も此方を見ていない。
もし、ハロトライン伯爵が接触してくる気があるのなら、それはパーティが終わった後だと思う。周りの目もあるし、流石に店までは来ないだろう。
そんなこんなで忙しなく時間が過ぎていき、パーティも妖精達がドンチャン騒ぎを始めた他には特に問題もなく無事に終わり、出席していた貴族達が公爵の別荘から出ていく。
妖精達も、もう料理が無いと分かるとさっさと帰っていき、今はアンネしか残っていない。
「ブフゥ、グラトニス卿。此度のお力添え、誠に感謝致します」
「これでこの街も更に発展し、豊かになりますわ。これからもグラトニス公爵様とは良き関係を保っていきたいものです」
「勿論だとも、シャロット嬢。お互いの領地繁栄を願い、末長く付き合おうではないか」
領主達や商店街の代表達に商工ギルドのマスターと、見知った者達が帰っていくを見届け、俺達も公爵へと別れの挨拶を済ませる。
「グラトニス公爵様、この度はありがとうございました。とても勉強になる一時を過ごさせて頂きました」
「それは良かった。今度はもっと落ち着いた所で食事をご一緒したいものだ。これからもちょくちょくインファネースに来るので、よろしく頼むぞ」
この先、諸々と忙しくなりそうな予感を覚えつつ、公爵の別荘を出てゲイリッヒが待つ馬車まで向かう。
「お帰りなさいませ、我が主よ。パーティは楽しめましたでしょうか? 」
恭しく頭を下げて迎えるゲイリッヒに、思わず苦笑する。
「貴族達の相手で、楽しんでいる余裕なんてなかったよ」
「それが貴族のパーティというものです。慣れれば料理を楽しめる余裕も出てきますよ」
慣れるほどあんなパーティに出席したくはないね。先にストレスで胃に穴が空きそうだよ。
「すぐにお帰りになりますか? それとも、あちらにいるお客人のお相手を? 」
招待客も帰り、静まり返るこの場所で俺の馬車の他にもう一台停まっている。馬車に付いている家紋は、あのハロトライン伯爵のものだ。
馭者台から一人の男性が下り、此方へ向かってきては深く一礼する。
「ライル様で御座いますね? 旦那様が貴方との対話をお望みです。中でお待ちしておりますので、どうぞこちらへ」
相変わらずの行動力だな。もう少し様子を見てくるものだと思っていたよ。
俺はその要望に応え、伯爵の馬車へと足を進める。当然、エレミアとアグネーゼもついていこうとするが、馭者に止められてしまう。
「申し訳ございませんが、ライル様お一人でのこと。お二方にはご遠慮して頂きたく、ご容赦下さい」
「は? 初対面の貴族の馬車にライルを一人だけ行かせる訳ないでしょ? 信用できないわ」
「私も同意見です。いくら伯爵様でも、これは些か強引ではありませんか? 」
案の定、二人が渋り出して馭者を困らせる。俺も出来れば誰かについてきて欲しいけど、ここは伯爵と話をしてお互いの立場をハッキリとさせたい。
「エレミア、アグネーゼさん。心配するのは分かるけど、俺は一人じゃないから大丈夫だよ」
『そうそう、あたしがいるんだし平気だって! 』
『それが一番の不安要素なんだがな…… まぁ我がいれば問題なかろう』
魔力収納内にはアンネやギルの他に、ムウナにタブリス達もいる。伯爵が何を企んでいようと、そう簡単に危害は与えられないだろう。そんな俺の考えを察してか、二人は大人しく引き下がった。
さてと、約六年振りの親子の対面だ。こんなに嬉しくない再会は初めてだよ。
緊張で高鳴る心臓の鼓動と反して、ゆっくりと伯爵の馬車へと歩き出す。
馭者が扉を開けると、そこにはハロトライン伯爵一人だけが座っていた。魔力を視ても周りには誰も隠れていない。本当に一対一での対話が目的か。
俺は強張る体を無理矢理に動かし馬車に乗り、伯爵の正面の席に座るのを合図に、扉が静かに閉まっていく。
改まって近くで見ると、目付きが鋭すぎるんだよ。別に怒ってる訳じゃないんだよね?