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今、目の前には金髪で背の高い男性が、その鋭い目つきで俺を射抜かんとばかりに見下ろしている。
ブルゲン・ハロトライン伯爵。今世での実の父親で、雇った御者を使って俺を殺そうとした張本人。
グラトニス公爵は彼が信用に値する人物だと言っていたが、俺からすれば一番油断ならない存在だ。
もう会う事はないだろうと思っていたけど、貴族に関わっていれば、その内出会ってしまうよな。
さて、向こうは確実に俺の事が分かってる筈だ。片目腕無しの者なんてそういないからね、どう出てくるか。
「はじめまして。君がグラトニス卿の仰っていた者だな? 聞けば全ての他種族をインファネースに引き入れたとか…… まだ若いのにたいしたものだ」
成る程そう来たか。完全に俺とは初対面を通すつもりだな? 例えここで俺が貴方の息子だと言っても、館の一室で隠されて育てられてきたから証拠がない。
「はじめまして、ハロトライン伯爵。私はライルと申します。まだまだ若輩者ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」
そっちがその気なら俺としても構わない。だけど、俺と俺の家族や仲間達に何かしたら、此方も相応の事はさせてもらう。
そういう想いを込めてハロトライン伯爵を見上げるが、直ぐに目を逸らされる。
「それではグラトニス卿。他にも挨拶したい者がおりますので、私はこれで失礼します」
ハロトライン伯爵はすぐに踵を返し、公爵の返事を待たずに去っていった。
もう此方には微塵も興味がないといった感じだな。息子としての俺は、あの六年前にもう死んだのだろう。いや、最初から自分の子だとも思われてはいなかったのかも。
別に今更認知しろとは言わない。俺にはクラリスという素晴らしい母親がいるのだから。
「何あれ? 感じ悪いわね。あんなのが本当に信頼出来る人間なの? 」
横にいるエレミアは不機嫌に顔をしかめ、わざと周りに聞こえるような声で話す。エレミアには俺の家庭環境について話してあるので、彼が実の父親だと知っている。だからか、先程の態度に怒りを覚えているようだ。
「ハロトライン卿は、ああいう見た目と性格だから、恐れる者も多い。それとこれぞ貴族、というのを地で行く人物でな。ハロトライン家の繁栄と存続を第一としている。その為、身内には厳しく、貴族としての教養と矜持が求められ、必要なしと判断されれば即座に見放してしまう。家にとって都合が悪いのであれば、実の家族でさえも消してしまうかも知れんな。あやつは度が過ぎる程に厳格な性格で利に聡く、頭も切れる。今のインファネースとなら率先して支援を行うだろう。そういう意味では現在一番に信用できると言えよう」
体面が悪く、付け入る隙となる俺を何が何でも認められなかったんだな。それでもまさか本当に消そうとするなんて、厳格の一言では収まらないとは思うけど?
公爵の言葉に増々機嫌が悪くなるエレミアに、事情の知らないアグネーゼは不思議そうにしていた。
「あの…… 先程の御方がどうされたのですか? 」
「別に、ただ気に入らないだけよ」
「そうですか…… では、後でお聞かせ下さい」
周りを考慮して自分を抑えているエレミアの姿を見て、アグネーゼは追求するのを止めた。代わりにハロトライン伯爵が去っていった方向を鋭く睨む。エレミアの態度でおおよその事を察したのだろう。
「もしかして会ったことがあるのかね? 確か、君の母親はハロトライン卿の館でメイドをしていたのだったね」
「いえ、私は初対面です」
「ふむ、そうか…… 」
俺とハロトライン伯爵の間に流れる微妙な空気を読んでなのか、グラトニス公爵は何やら訝しげな顔をしていた。
「おーい! おまたせ!! 皆を連れてきたよ! ここにある料理全部食べてもいいんだよね? 」
そこへ、十人前後の妖精を引き連れたアンネが意気揚々と飛んでくる。連れられてきた妖精達も豪華な料理に目を輝かせ、今か今かと待っている様子だ。
「おぉ! よく来てくれた、妖精諸君。勿論、ここにある物は全て食べてもいい。遠慮せずに楽しんでいってくれたまえ」
「みんな! 聞いたね? そんじゃここで解散! 今日は悪戯禁止で食べまくるぞー!! 」
アンネの声に妖精達は蜘蛛の子を散らすようにあちらこちらへと散って行った。それを見ていた他の貴族達から小さな悲鳴が聞こえてくる。
まさか妖精達が貴族のパーティに招待されるなんて思わなかっただろうな。それでも怖いもの見たさなのか、貴族としての意地なのか、決して慌てる事なく誰もパーティ会場から退出していく様子は無い。
このパーティの目的はインファネースへの支援者を募ったもの。ここで逃げ出すような者ならば、とてもこの街の支援なんて務まらないだろうね。
「おっ! これ美味しそうじゃん。食べないなら貰うよ! 」
「やっべぇ、何これ旨いんですけど? 」
「甘いお酒は無いの? 無いんだったら果実水でも良いから持ってきてよ! 勿論、炭酸入りだかんね!! 」
「貴族ってのはこんなの食べてんだね? その内お邪魔しようかな? 」
そんな慌ただしい中ただ一人、上機嫌で妖精達を見つめている公爵は流石に肝が据わっている。
「いやぁ、妖精達は心から楽しんで食事をしてくれるから、見ていて気分が良い」
さいですか。でも少し楽しみ過ぎやしませんかね? 周りの貴族から料理を奪っている奴もいるぞ?