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エレミアのドレスは全体的に赤く、肩と背中が大きく開いている。肘まである赤いレースのロンググローブ、スカートの前部分は膝までだが後ろは足首までの長さで、腰には大きなリボンが密かに揺れていた。
アグネーゼのドレスは、神官らしく清楚な白で統一され、スカートはフワッと広がり足を覆い隠している。細やかに施された青い刺繍が神秘的な雰囲気を醸し出していた。腰まで伸びた金髪は三ツ編みにして頭の後ろで丸く纏められ、小さなチィアラがちょこんと乗っている姿は可愛らしくもある。
「おぉ! エレミアさんの義眼と同じ色の深紅のドレス、大人っぽいデザインなのに腰につけた大きなリボンで愛らしさが出て、とても魅力的ですよ。アグネーゼさんの純白のドレスも、昔からある伝統的なデザインが本人のイメージにピッタリとはまっていますね。お二人とも、とてもお美しく素敵に輝いておられますよ。さ、我が主も何か一言」
えっ! ちょっ…… お前の後じゃ凄く言いにくいんだけど!?
「その…… エレミアもアグネーゼも、ドレス凄く綺麗だ。いや、ドレスだけという意味じゃなくて、えっと、本人も込みでなんだけど…… 」
あぁ、カッコ悪いな。女性の服を褒める経験なんてなかったから、なんて言えば良いのか分からずにしどろもどろになってしまった。童貞でもあるまいし、何をこんなに緊張してるんだか…… あ、今世の俺はまだ童貞だったな。
「はぁ…… もっと上手い言葉は無かったの? でも、ありがとう。ライルのその正装姿も格好良いわよ」
「フフ、お褒め頂き、とても嬉しいです。歯の浮くような賛辞よりも、ライル様の等身大のお言葉の方が何倍も嬉しく思います」
俺の情けない誉め言葉に、二人はとても満足そうに頬笑んでいるのは良いけど、何気にゲイリッヒが蔑ろにされているような…… ゲイリッヒもやれやれと肩をすくめていた。
ん~…… 何か変な空気になってきたな。見慣れた二人なのに、ドレスで着飾るとまるで別人みたいで落ち着かない。
「ライル~ 、おまたせー! どうよ、あたしのドレス姿は? 超絶に可愛いっしょ? 」
そこへ、ハイテンションでアンネが飛んできた。アンネはヒラヒラのフリルが沢山あるピンクのドレスに身を包み、どうだ! と言わんばかりに胸を張って見せびらかしてくる。
あ、何かこの空気、ホッとするな。
「あぁ、よく似合っていて可愛いと思うよ? 」
「何で疑問系なのよ! むぅ~、その余裕の態度には釈然としないけど、まぁいいわ。これから他の子達を迎えに行くから、先に向かっといて。へへ、公爵って人間の中で結構偉いんでしょ? どんな食いもんが出てくるか楽しみにだぜぃ!! 」
ピンクのドレスを靡かせ、アンネは他の妖精達の所へ飛んでいった。
「じゃあ、俺達も行こうか」
ゲイリッヒが御者台に、俺とエレミアとアグネーゼは馬車に乗って公爵の別荘へと向かう。
向かう途中でも、馬車の中でエレミアとアグネーゼはお互いのドレスを確認しては、嬉しそうに会話を弾ませていた。普段は動きづらいからとあまりお洒落をしてこなかったエレミアだけど、年頃の女性だからね、ドレスが余程嬉しかったのだろう。
お洒落に興味がない訳ではないようだし、今度何か魔術を刻んだイヤーカフスでもプレゼントしてみようかな? エレミアの長い耳に良く映えて似合いそうだ。
アグネーゼにはピアスじゃなくてイヤリングの方が良いかな? 耳に穴を開けるなんてとんでもない! なんて言いそうだからね。
公爵の別荘は貴族街の奥にある小高い丘の上にある。予め家に送られてきた招待状を門番に見せて貴族街に入り、公爵の別荘を目指す。
どこもかしこも大きい館に広い庭だらけ。流石は一等地だけあって静かなもんだね。こういった所に一度は住んでみたいけど、一体お値段はいくらぐらいするのだろうか? 聞いてみたいが怖くて聞けないよ。
その後も問題なく馬車は進み、公爵の別荘に着いた。
うわぁ…… これはまた立派な館だ。これが別荘? やっぱりお金を持ってる人って俺達とは違うね。
馬車から下りて入り口にいる人に招待状を確認してもらい、館の中へと入ると、そこは広いエントランスに料理が乗ったテーブルが並び、パーティ会場になっていた。
…… これがささやか? どうやら俺と公爵様との認識がかなりずれているようだ。少し考えれば分かる事だったのに、素直に公爵の言葉を鵜呑みした俺が悪い。
玄関前で呆然としている俺達に、幾つかの視線が突き刺さる。その殆どが俺の両脇にいるエレミアとアグネーゼに注がれている訳だけど、当の本人は気にせず澄まし顔だ。
もう既に幾人かの中立貴族が来ていて、他の貴族と仲良く談笑していると見えなくはないが、あの普通の光景すらもお互いの腹の探り合いをしているかと思うと、貴族って面倒で大変なんだなって少し同情的になってしまう。
「ライル君、よく来てくれた! 待っていたよ。君に何人か紹介したい者がいてね。是非会って貰いたい」
そう言う公爵に連れられて何名かの貴族と挨拶を交わしていると玄関から誰かが入ってきたようで、顔を向けた公爵はやっと来たかと顔を綻ばせた。
反対に今の俺の顔はとても複雑な表情をしているに違いない。
最悪だ。もう二度と会う事はないと思っていたのに、此処で再会を果たすなんて…… まさか彼が中立派で、しかも公爵が信頼する貴族の一人だったとはね。てっきり貴族派だと勝手に思い込んでいたよ。
「ライル君、紹介しよう。彼は “ブルゲン・ハロトライン伯爵” 今私が一番信用していると言っても過言ではない人物だ」
紹介されなくても既に知っている。何せ彼は、今世での俺の “父親” なのだから。