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俺達はグラントに連れられて、町中を歩いている。 鉄を此処に持ってくるより保管所に連れていった方が早いという理由だ。
外を歩きながら町の様子を探っていると、ほとんど人は見当たらず、石材で出来た家はひび割れていて管理されていない物ばかりだ。 閑静な町並みを進み、保管所へと辿り着く。
そこは名ばかりの保管所で製錬された鉄が無造作に山積みになっているだけの場所だった。
「隣の製錬所で製錬した鉄を此処に纏めているんだ。 週に何回かこいつを近くの町まで持っていって、売っている」
グラントの言う通り隣には工場のような建物があり、三本の煙突からもくもくと煙が立ち上っている。
「ここは鉱山町なんですよね? 領主の使いの人が買い付けには来ないのですか?」
町と認められているのに、何故自分から売りにいかなければならないのか。 疑問に思いグラントに尋ねると、
「…… それはな、此処は正確に言うと町では無く、“町だった” と言えばいいか。 前はこの町も栄えていたんだが、今じゃ見ての通りだ。 冒険者ギルドも商工ギルドも撤退していき、住んでいた連中の殆どが余所の町に行っちまったよ」
それじゃあ、今は町として機能していないと言うことか。其だと今ここにいる人達は勝手に住んでいるって事か?
「税収はどうなっているんですか?」
「国王様の計らいでな、大分安くしてもらっている。 前は鉄じゃなくて別な物を採掘して、それを納めていたんだ」
グラントは製錬された鉄を一つ掴み、軽くため息をつく。
「別な物とは?」
雄大に聳え立つ山を見詰めながらグラントは呟いた。
「…… ミスリルだ」
俺とエレミアは思わずお互いの顔を見合わせ直ぐに戻すと、苦笑したグラントが俺達を見ていた。
「そりゃ信じられねぇよな。 でも本当なんだぜ、この山はミスリル鉱山なんだよ」
「何故今は鉄ばかりなんですか?」
怒っているような泣いているような、そんな顔をしながらグラントは手に持っていた鉄を山積みになっている場所に投げつける。
「十年程前から、ミスリル鉱石が採れなくなっちまった。 掘っても掘っても出てくるのは不純物だらけの鉄鉱石だけだ! くそが! …… 原因はわからねぇ、出ていった連中が言うにはミスリル鉱石が枯渇したんじゃねえかって話だ。 俺は信じちゃいねえがな…… まだこの山の何処かにあるはずだ。 だから俺はこの町に残って掘り続けている」
この人は十年間もあるかないかも分からないミスリル鉱石を求めて、今もこの山で採掘作業をしているのか。だけど、十年も出てこないとすると希望は薄いような気がする。
「馬鹿だと思うか? 無謀だと…… でもな此処には俺と同じ馬鹿で無謀な連中しかいねぇのさ」
鉄を幾つか収納して、事務所に戻ってお金を受け取ると、入り口が騒がしくなってきた。 どうやらグラントが言っていた馬鹿で無謀な坑夫達が戻って来たようだ。 人数は二十人程で三、四十代に見える。 しかし全員が筋骨隆々で、まるでボディービルダーみたいな奴等が集まりだして暑苦しいのなんの。 エレミアなんかは顔が引きつり、痙攣まで起こしている。
「今戻りましたぜ、親方! ん? そこのガキ達はなんですかい?」
筋肉の群れの中から、黒光りした肉体を晒しながら一人の男性がグラントに声を掛けてきた。
「おう、ご苦労さん。 こいつらは後で紹介してやる、それより首尾はどうだった?」
「いつも通り、ミスリルのミの字も出て来やしねぇ」
黒光りした男性は残念そうな顔で胸をピクピクと動かしている。 なぜ胸を動かす必要があるのか、俺には解らないし解りたくも無い。
「そうか…… 掘る場所を変えてみよう。この間、お前が気になると言っていた場所でも掘るか」
「良いんですかい? 確証も何もありませんぜ」
「駄目で元々、取り合えず掘るしかないんだよ」
坑夫達は軽く打ち合わせをした後、其々がテーブルに着き始めると、厨房の中から恰幅の良いおばさんが料理を運んで来た。
「あいよ、お待たせ! 今日もご苦労さんだね!」
元気一杯に大きな声を坑夫達に掛けながら、料理をテーブルに置いていく。 野菜が少なく、殆ど肉だけの料理だ。
「ほら! お前らも食っていけ!」
グラントに招かれ俺達も席に着くと、早速俺から仕入れた酒を配り始めた。
「お前ら! この酒はな、此処にいるライルとエレミアが持ってきたもんだ! うめぇから大事に呑めよ!」
それを聞いた坑夫達は、空気が震えるほどの歓声を上げた。エレミアは咄嗟に耳を両手で塞いだけど俺は無理なので、ダイレクトに鼓膜に響き、破れるかと思った。
食事中でも静かになる事は無く、酒を飲んだ坑夫達が驚きの声上げる。
「うお! なんだこのワイン! うめぇな!」
「ワインなんか初めて飲んだぜ!」
「っ!? おい!! このブランデーってやつ、スゲェ強いけど、スゲェうめぇ!」
「こりゃ食が進むな! だけど食いもんで腹一杯になっちまったら酒が入らねぇよ! どうすんだ!」
「馬鹿か、お前! 吐けばまた飲めるだろうが!」
「おお! 頭いいな!」
むさい筋肉達が騒ぎながら食事と酒を楽しんでいる中、俺とエレミアは呆気に取られていた。 坑夫達は酒を片手に礼を言いに俺達のテーブルに集まって来るが、暑苦しい筋肉に囲まれてエレミアは始終真顔のまま、身動きすらしない。
『これはキツイ! エレミア…… 安らかに眠ってね』
『別に、死んではおらぬだろうに』
魔力収納の中で、アンネとギルはのんびりと酒を呑んでいる。 くそ! 他人事だと思って呑気なことを…… しかし、エレミア全然動かないな、大丈夫か?




