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翌日。祭り一色だった街並みも、皆で片付けられ徐々に普段のものへと戻っていく。
準備している時はやる気に漲っていた人達だったが、今は何処か寂しそうな、それでいて充実感に満ちた顔をして片付けをしている。この調子でいけば、日が傾く頃には何時もの街へと戻るだろう。
祭りが終わったので大半の観光客は帰っていき、王族派と貴族派の者達もインファネースを離れていった。ハニービィで見張っていたけど、別段何か重要な情報を掴まれた感じは無かったと思うが、本当に屋台の種類や祭りを見ていただけなのかね。
「はぁ~、お祭りが終わって観光客が一気に出ていったから、やっと落ち着けるわぁ。リタちゃんの所も随分と忙しかったじゃない? 」
「はい、お蔭様で。今はだいぶ客足も収まって、こうやってライルさんのお店で休めますよ」
などと言って、今日も店の片隅にあるテーブル席で寛ぐデイジーとリタ。お忙しかったようで全く羨ましい限りだよ。
インファネースは港湾都市であり、観光地ではない。今来ている人達は他種族が揃っているという珍しさから訪れている訳で、一過性のものだと領主は考えている。
まぁこれを機に観光地化するなんて事もしないから、もうすぐ訪れる人も少なくなり、この商店街も普段の静けさが戻ってくるだろう。俺の店はいつも通りだから関係ないけどね。
「それにしても、また随分と有名になりましたね? もうあちこちでクレスさん達の噂を耳にしますよ」
「いやぁ、僕達なんてまだまだだよ。もっと強くならないとね」
「あぁ、慢心せずに精進あるのみ! 」
珍しくクレス達も俺の店でリタやデイジーと一緒に紅茶を飲んでいた。因みにリリィは魔力収納の中で花火に使われた術式を解析している。リリィ曰く、魔術を娯楽の為に使うなんて新鮮なのだとか。
実はクレス達が店にいるのは俺が呼んだからだ。彼等には伝えなければならない事があってね。
キッカがお昼休憩から戻ってきたので、店番を替わりクレス達と二階の客間へと向かう。
「それで? 伝えたい事とはなんだい? 」
三人を代表してクレスが問い掛ける。言いづらいがここはちゃんと伝えて置かないと後で支障を来すからな。
「…… 非常に心苦しいのですが、もう魔王の誕生を阻止するのは不可能みたいなんです。ギルが言うには近々魔王が誕生するだろうと」
「なっ!? それでは私達が行ってきた事は無駄だと言うのか! 」
レイシアが驚きと怒りが籠った声を上げ、ドンッ! とテーブルを勢いよく叩いた。その気持ちは察するよ、今まで魔王を誕生させないようキング種を探していたんだからな。
「まぁ落ち着いて、レイシア。詳しく聞こうじゃないか…… ライル君、それはもう確定しているだね? 」
「はい。既にカーミラはオークキングを手中に納めていますので、いくら残りのキング種を倒しても最終的にオークキングが残っていれば、それが魔王となる。だからこそカーミラの潜伏場所を探してオークキングを倒そうとしていましたが、あれでは手の出しようがなく時間もない。しかし、今までの事は決して無駄ではありません。カーミラはキング種の肉体を集めていました。恐らくは全てのキング種をカーミラの持つ技術で一つにし、最悪の魔王を作り出そうとしているのではと思うのです。現在カーミラの所には生きたオークキングとオーガキングの死体が、俺達が倒したのはゴブリンキングとアンデッドキング。残りは後三体、それをカーミラ達が手に入れる前に倒さなくてはなりません」
そう、これ以上魔王を強化させるような素材をカーミラには渡してはならない。しかし、それを聞いたクレス達の顔色は優れないものだった。
「あの? どうかしたのですか? 」
「実は…… コボルトの数が爆発的に増えたという情報があって、僕達はそこへ向かったのだけれど、着いた頃にはコボルト達の姿が一匹も見当たらなかったんだ。現地の人は、あれほどいたのに忽然と消えてしまったと言っていた。これはもしかすると…… 」
最悪だ。コボルトが増えたのはゴブリンと同じでキング種が誕生したからだろう。そして姿を消したのは、そのコボルトキングをカーミラが周りのコボルトごと連れていったと考えられる。
「すまない。僕達がもっと早く辿り着いていれば」
「いえ、クレスさん達が悪い訳ではありません。それより残りの二体をカーミラ達より早く見つけ出して、倒してしまいましょう」
「そうだぞ、クレス! 後悔はしてしまうものだが、何時までも引き摺らずに、今出来る最善を尽くそうではないか!! 」
レイシアの力強い慰めによって、クレスの目に光が灯る。
「あぁ、僕には落ち込んでいる暇なんてない。魔王の誕生は回避出来ないが、カーミラの企みは阻止してみせる! 」
椅子から立ち上り気合いを入れるクレスを横目に、リリィがそっと呟いた。
「…… 魔王の誕生が確定なら、勇者もまた誕生する。いったい誰が選ばれる? 」
リリィのその言葉で誰もが黙り、部屋の音が一瞬にして消えた。
そうだよな、魔王と一緒で勇者もまた属性神から選ばれる。ふとクレスに目を向けると、あれほど気合いが入っていた姿はどこへやら、急にソワソワとし出した。
昔から勇者になるのが夢だと言っていたからね、そうなるのは仕方ないか。
勇者と魔王の誕生、それは即ち人間と魔物との全面戦争を意味する。神の意向により他種族はその戦争には関与してはいけない決まりとなっていて、加えてギルとアンネの協力も期待出来ない。その二人抜きで魔王を倒すのはたぶん無理だ。
ならば、誰が勇者として選ばれるか分からないけど全力でサポートしよう。きっとそれが俺の出来る最善の方法だと思う。
でもサポートするのなら、無理だと分かっていながらも理想の勇者を愚直に目指す目の前の青年が望ましい。そんな彼の願いが叶うことを神に祈るよ。