57
暗い夜空に大きな光の花々が咲き乱れる。一瞬で咲いては消えるその美しくも儚い光景に、誰もが目を奪われ息を飲む。
前世では伝統的な菊花火に牡丹花火。そしてあの錦冠菊、通称しだれ柳と呼ばれる花火は子供から大人まで人気があった。あれを魔術で再現するには苦労したもんだ。
お次は空一面に色とりどりの小さな花が一斉に咲く色彩千輪菊。まるで空に浮かぶ花畑のようだ。
そしてフィナーレにはこれ迄に上がった花火を連続で打ち上げるスターマイン。そのスピード感とテンポの良さは圧巻である。最後を締めるのに相応しい。
「綺麗ね…… ライル」
エレミアはそれ以上の言葉は不要であるかのように自然とそう呟いた。
「あぁ、本当に綺麗だ」
花火もだけど、その光に照らされるエレミアの横顔と義眼に反射する花火に、思わず見とれてしまった。
やがて全ての花火は打ち上がり、静寂が辺りを包み元の夜空へと戻るが、誰もその場から動き出そうとはしない。まだあの夢のような一時の余韻が残り、空を見上げている。
花火の美しさと迫力は異世界でも十分通用するみたいだ。今回の祭りは多少トラブルに見舞われたが、大成功と言っても良いだろう。
やっと動き出した人々を誘導し、あれほど人で溢れていた港もスッキリとしたところに、アンネがやりきった感を全面に出しながら飛んで来る。
「どうよ、ライル! 完璧だったっしょ? あたし達の歌はさ!! 」
「素晴らしかったですよ、アンネ様」
エレミアに誉められ、益々上機嫌になるアンネ。いや、確かに凄かったけどさ。何か花火が上がるタイミングがバッチリだったのは何故?
「ん? そりゃ前もって打ち合わせしてたからね! ヘバック爺さんにも許可は貰ってるよん♪ 」
い、いつの間に…… その行動力をもっと別のに活かしてほしいもんだよ。
「ライル様! あの花火というもの、本当に綺麗で素晴らしかったです!! 」
「あの様な美しい物もお作りになられるとは、流石は我が主です! 」
まだ興奮覚めやらぬアグネーゼとゲイリッヒが走ってくる。
「なんだ? 祭りはもう終わりか? はぁ、暗がりで情事に耽る奴等はいなかったぜ」
「ライル! ムウナ、まだ、ぜんぶたべてない! 」
「長よ、街の見回りはもうよろしいので? 」
続々と仲間達が集ってくる様子に、何だか心が温かくなってくる。俺はもう一人じゃないのだと実感出来て嬉しさを隠しきれず、自然と笑みが溢れた。
「皆、お疲れ様でした。祭りはこれで終わりだけど、今日が終るまで油断はしないでほしい」
「だが、後は片付けだけなのだろう? ならば我は魔力収納で休ませて貰うぞ」
「あっ! そんじゃあたしも~。思いっきり歌ったから疲れちったよ」
ギルとアンネは魔力収納へと入り、堕天使達には引き続き空からの監視を、残りは俺と共に中央広場にある運営本部のテントへと向かう。
「グフ、ご苦労である。初めての試みであったが、こうして無事に終わらせられたのは皆のお陰だ」
人々が帰路についた頃、中央広場で集められた者達に領主が感謝の言葉を述べ、酒が入ったグラスを掲げる。祭りの成功を祝って、代表達と警備に参加してくれた人達でのささやかなお疲れ会が始まった。
「お疲れ、ライル! 祭りは大盛り上がり、儲けもデカイし笑いが止まらないね! これなら毎年やっても良いんじゃないか? 」
西商店街は随分と稼いだようで、ティリアが上機嫌で酒を飲む。成人しているとはいえ、その見た目で酒を煽る姿は何だか犯罪臭がするぞ?
「何言ってんのよ。毎年やるつもりだと初めに言ったのを聞いてなかったの? まぁ今回はどれだけの経済効果が見込めるか、どんな問題が生じるか等の試験的なものだったけど、来年からはもっと要領よく動ける筈よ」
少し酔っているのか、カラミアの頬に赤みがさしている。
「結局、貴族派の奴等はあれ以降何もせんかったの。最後の花火と妖精達の歌で企みも吹き飛んだのじゃろう」
ヘバックの言葉に他の二人も同意し、花火の美しさと妖精達のサプライズに盛り上がる。どうやら俺だけでなく、ティリアとカラミアも事前に報告されてはいなかったようだ。知っていたのはヘバックと領主だけか。
『へっへ~ん。盛り上って当然っしょ! いっぱい人魚達と練習したかんね! 』
『巻き込まれた我の身にもなってほしいものだ。次からは協力せんぞ』
『んあ? 別にいいよ。人魚達が音やパターンを覚えたから、次からは自分達で作るってさ』
マジか、料理だけじゃなくて作曲もするのかよ。なんか俺達と関わった事でどんどん才能が開花していってる気がする。
「ライル様、お疲れ様で御座いました。来年はライル様とお祭りを回りたいものです」
アグネーゼが空になったグラスにお酒を注いでは、もう来年の話をする。
「そうだね。来年は皆で回ろうか」
「あ、その、皆でですか…… 」
ん? 何やらアグネーゼが落ち込んでいるように見えるけど、きっと疲れてるんだろうな。そして隣ではエレミアが勝ち誇った顔をアグネーゼに向けている。もう訳が分からないよ。
「我等の長は、何故女性関係になるとこうも察しが悪くなってしまうのか? 」
「タブリス、あれは察しが悪いというよりわざと気付かない振りをしていると見えるぞ」
少し離れた所で堕天使のタブリスと天使のミカイルが何やら俺の事で話しているのが聞こえる。
「何? もしそれが本当なら、余計に長の考えが分からん」
「人間とは俺達が思っているより複雑な思考を持っているようだからな。いくら考えても理解は出来ないかも知れん」
話している内容はあれだけど、タブリスとミカイルがお互いに酒を飲み交わし談笑している様子は、とても追放された者とした者の関係には見えない。
共に祭りを楽しみ、協力してトラブルを乗り越えた事により、天使達が街の人達に心から受け入れてもらえた気がする。これからどんな風にインファネースが発展し、変わっていくのか楽しみだ。
このささやかな宴会は夜が更けるまで続いた。明日からも天使達が街にいる光景が続くが、きっとすぐにそれも日常の風景となっていくだろう。
酔いも手伝ってか、そんな事を考えるだけで何だかフワフワとした気持ちになってくる。その気持ちを逃がさないように心で優しく抱き締めていると、夜の少し涼しくなった心地よい風が体を通り抜けていく。ふと空を見上げれば街明かりが少ないからか、満天の星空が広がっていた。
確かに、カーミラ達が言うように世界は醜いもので溢れているかも知れない。でも、こんなに美しいものだってあるんだ。その両方に目を向け、それでもなおこの世界が許せないのなら、俺は……
「ライル? どうしたの? 」
呼ばれて目を向けた先には、不思議そうに此方を見るエレミア達がいた。
「いや、何でもないよ。花火も綺麗だったけど、こうして自然に輝く光も美しいと思ってさ」
俺がまた空に顔を戻すと、それにつられて皆も見上げる。あぁ、そうか…… この心がフワフワとして悲しくもないのに涙が込み上げてくる気持ち、これが幸せってやつか。
守ろう。世界も、大切な人達も、そして今抱いたこの気持ちも、どれも失いたくはないから…… 頭上に輝く星達を見詰めながら、そう固く誓った。