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日が暮れて、祭りの二日目が始まった。俺達は昨日と同じ様に各々に別れて街を見回る。
だが昨日とは違い、今日から領主が招待した王族派の貴族達が訪れ、初めて見る屋台を楽しんでいた。
これには貴族派の連中は大人しくするしかなく、目立たずにひっそりと祭りを傍観している。監視していたハニービィによる盗聴では、どうやら妨害や勧誘をする者と静観して情報を持ち帰る者とで予め決めていたのを示唆するような事を言っていた。
それと、ゲイリッヒの誘惑で口を割ってくれた者からも、初日の騒動は頼まれてやった事だと聞いている。しかしそれは最初だけ、奴等は今日王族派の貴族達がインファネースを訪れる情報を前もって掴んでおり、王族派がまだ到着していない日に騒ぎを意図的に起こしたという訳だ。残念ながらそれ以上の事は聞き出せなかったとゲイリッヒは謝っていたけど、充分だよ。
つまりは、今大人しくしているのも計画の内、初めから狙いはインファネースを調べる事か? もしそうなら、この街の何を知りたいのだろう? そしてその先で何を企んでいるのか気になる。
「どうしたの、ライル? 何か問題でも起きたの? 」
顔をしかめて黙ったまま歩いていると、エレミアは心配そうに俺の顔を覗きこんできた。
「ん? あぁ、大丈夫。少し考え事をしてただけ。今のところ貴族派の奴等は何もしていないよ。王族派が沢山街に来たからか、随分と大人しいね」
「そう、なら良かった。でも確実に何かを企んでいると思っていても、街に入ってくるのを拒んだり追い出したりは出来ないのね? そうすればこんな騒ぎも起きなかったのに」
「う~ん、そこが面倒な所でね。結局は同じ国の貴族な訳だし、そのうえこの国の法律を俺達よりは熟知している。それなのにまだ何かしたという証拠も無しに、不当な行いを貴族派の者達にだけしてたら、王都に訴えられたりする可能性がある」
それを聞いたエレミアは―― ほんと、人間の街は規則が細か過ぎて面倒ね―― 等と不満を口にした。
まぁ何もしてこないのならそれで良い、これで俺達も祭りを楽しめるな。
今日は南商店街だけではなく、他の商店街まで足を伸ばす予定だ。中央広場を抜けて西商店街に行けば、ある屋台に観光客が列を成している。あそこは確か、ティリアの商店が経営している喫茶店だよな? するとあの屋台にはスイーツが売られているのかな?
「なんだい、あんたらも来てたのか。どうよ? 中々繁盛してるだろ? あんたから教わったかき氷ってのも人気だし、アイスクリームも良く売れてる。あのクーラーボックスって言ったか? 作ってくれて助かったよ」
うぉ!? いきなり死角から話し掛けられてびっくりした! いつの間にかティリアが俺の横にいて自慢気に両手を腰に置いていた。小さいから接近に気付かなかったな。
「おい、なんか失礼な事を考えてるんじゃないだろうね? 」
「いえいえそんな…… 繁盛していて羨ましいなぁ、と思っていただけですよ」
ドワーフの血でも混ざってるんじゃないかと思うほどにティリアは小さい。これで二十歳を過ぎていると言うのだから驚きだ。
「まぁいいさ。それよりアイスでも食ってけよ、アタシのおごりだ」
そう言うと、ティリアはスタスタと並んでいる人達の横を歩いて行き、屋台からアイスが乗ったコーンを二つ受け取り、此方に持ってきた。
こんなに並んでいる人達を横目にそのアイスを受け取るのは少し気が引けるけど、せっかくのご厚意なので遠慮はしない。
「ありがとうございます」
「いいってことよ。またなんか珍しいお菓子を思い付いたら、真っ先にアタシの所に来るんだよ? 」
ティリアと別れ、今度は東商店街の方へと向かう。インファネースの広さとこの人混みでは、今日は北商店街まで行けそうにない。だからこそ三日という開催期間を設けたのだが、全部回るのには足りなかったかな?
「ねぇ、ライル。彼処にいるのはクラリスさん達じゃない? 」
エレミアが指を指す先に、犬型獣人の双子であるシャルルとキッカを連れた母さんの姿があった。
「母さん、祭りはどう? 何か困った事はない? 」
「あら? ライル。大丈夫よ、ありがとう。貴方も無理だけはしないでね」
母さんと再会した時は、その窶れた姿に胸を締め付けられる思いだった。沢山苦労し、心配を掛けていた事に後悔と悔しさが沸き上がるのを抑えられなかった。それが今ではこんな風に笑ってくれているのを見る事が出来て心底安堵している。もう二度と母さんを悲しませたくはない。
その為には今抱えている問題を解決しなくては。カーミラをはじめとして、貴族達の派閥抗争。世界のマナが減少している状況など厄介事は色々とあるが、どれも無視出来るものじゃない。それらを解決しないと大切な人達から笑顔が消えてしまう。
「ライルさん! エレミアさん! 見てください。クラリスさんに買って貰ったんですよ! こんなに大きなお祭りは初めてで、凄く楽しいです! 」
「ぼ、僕も…… 人の多さに目が回りそうになるけど。た、たのしいです」
キッカとシャルルは、頭に可愛くデフォルメされた動物のお面を乗せて、尻尾を大きく揺らしてはしゃいでいた。周りを見れば、同じ様に他の子供達も楽しそうに親の手を引く姿がある。
こんな光景が何時までも続く街であってほしい。いま抱えている問題、これから起きるであろう災厄も、皆がいればきっと大丈夫。ここは人間だけではなく、世界中から全ての種族が集う街。互いに尊重し、信頼し合える関係を保っていけば、乗り越えられない壁などないのだから。